小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夢幻堂

INDEX|32ページ/69ページ|

次のページ前のページ
 

 くくくとまた喉で笑って、シオンはだんだん色が混ざり合ってアクアマリンのように澄んだ蒼色になった魂をちょんとつつく。表情は見えなかったのに、なぜか満足そうに朱い金魚が笑ったように思えた。シオンも満足げに二色の瞳を細め、ひらひらと手を振る。
「おまえが次の命で海に行けるといいな。信じたことも、祈ったこともないけど、神を信じて祈ってみるさ。元気でな」
返事の代わりに金魚はくるくるっと回る。きらきらと輝く飛沫が見えるようだ。カンナはそんな金魚に手招きした。
「私の手のひら上にきて、強く願って。あなたの思う|生命《みらい》を。私が息を吹いたら、あなたは神の世界へと踏み入れるの───いい?」
 こくりと頷くが早いか、ふわりとカンナの手のひらの上にちょこんと収まった朱い金魚の魂は、ぴたりと動きを止める。カンナの「心を鎮めて、祈って」と魂を導く声が夢幻堂の中に静かに響いた。シオンは魂と向き合って凛と声を響かせるカンナの姿が好きだった。だからなるべく自分の気配を殺して、それを見ている。
「あなたの旅路が幸せなものでありますように」
 小さな願いとともにふっと息を吹きかける。夢幻堂店主にのみ受け継がれる命を紡ぐ息吹──暁の息吹と呼ばれる力。
 金魚の魂はあとかたもなく夢幻堂からなくなり、代わりに衣擦れすらも大きく響く静けさが舞い戻る。しばらく呆然と手の上を見つめていたカンナがふっと動く。手にしたのはテーブルに置かれた《玻璃の金魚鉢》だった。
「窓辺の、一番陽の当たるところに置かなきゃね。"|魚の種《それ》"も一緒に」

 降り注ぐやさしい|陽光《ひかり》に、《玻璃の金魚鉢》の水がきらきらと煌めく。その中にふよんと浮いているのは、愛すべき純粋な魂が遺してくれたお守り。
 今日もお客の来る気配を見せない夢幻堂を、ただひっそりと見守っている。


 蒼き海は、母なる海。
 寄せては返す波音に、感じ取るのは|郷愁の想い《ノスタルジア》。
 還りたいと願わずにいられないのは、生命を抱きしめ受け入れるはじめと終わりの場所だから。
 純粋な想いを馳せた小さき魂の道筋は───神のみぞ知る。

作品名:夢幻堂 作家名:深月