夢幻堂
そう言ってシオンが手渡したのは小さな透明のボトルに入ったキラキラと光る星屑だった。光に反射して、より一層明るく煌めいていて、さくらは思わず目を細める。
「この《星屑の欠片》のふたを開けて空に散らして。そしたら、強く願うの。さくらの願いを」
分かった?とカンナが問えば、じっとボトルを見ながらもこくりと頷く。大事そうにその《星屑の欠片》を抱き締めると、ぴょんとソファーから降りてドアへと向かう。
「あ、外に出なくて平気だぞ? ここで《星屑の欠片》を散らせばいい」
そのままドアを開けてしまいかねないさくらの髪をぐいっと引っ張る。シオンはまださくらの頭に乗ったままなのだ。
「ドアはお客様が入ってくるためだけにあるものなの。さぁ、《星屑の欠片》を散らしてみて?」
ぴたりと足を止めたさくらはボトルをじっと見つめるとそのふたに手をやる。頭に乗っかっていたシオンはそのそばを離れ、カンナのそばに戻る。
おそるおそるボトルを開ければ、中に入っていた《星屑の欠片》が一斉にキラキラと煌めかせながら宙を舞った。それはまるでさくらを包み込むようにキラキラと光る。
「強く願って!」
その声に、さくらは目を閉じて一生懸命願った。
帰りたい、と。自分を愛おしんでくれた人の元へ帰りたいと。
次第に散らした《星屑の欠片》がさくらの周りに集まり、より一層輝きを増していく。
「元気でなー」
「……魂が疲れたら、また【夢幻堂】に来てね。私達はいつでもここにいるわ」
もう《星屑の欠片》の煌めきに埋もれて姿が見えなくなっているさくらに言葉を告げる。
さぁっと風が吹いて二人の髪を緩く巻き上げる。ぱっと一瞬強く光って、その輝きが失われる寸前、さくらのあどけない声が【夢幻堂】に響いた。
「ありがとう」
その言葉と一緒に、さくらの笑顔が見えた気がした。
真っ黒な肢体に、真っ青な瞳を持つ黒猫の姿で。
「カンナー、さくらは帰れたかな?」
「きっと帰れたはずよ。あんなに強く願ったんだから。そうじゃなかったら、《星屑の欠片》はあんなに綺麗に輝かないもの」
願いを叶える流れ星の欠片を集めた《星屑の欠片》。
それは強く願えば願うほど、その煌めきは美しく、幻想的に輝く。さくらの願いの強さは、 カンナとシオンが今まで見てきた中でも一番と言えるくらいだった。
「んで、その石もらってどうかすんのか?」
カンナが握っている猫の首輪を、シオンが物珍しそうに眺めながら問いかけた。
「これは《蒼い月の涙》よ」
それは、蒼い月が流した涙が、形を成して地上へと零れた貴石。哀しみで零れたその貴石は、いつしか哀しみを癒す貴石となった。
カンナは、その首輪にはめ込まれた《蒼い月の涙》を取り出してガラスの容器にそっとしまう。
「……それを次に使うのは誰なんだろうな」
誰に問いかけるでもなく呟いたシオンに、カンナはやんわりと微笑んだ。
「哀しみを癒しにここに来る未来のお客様……かもね」
ここは様々なものたちが訪れては去っていく、夢幻の場所なのだから。