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夢幻堂

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 巫女と呼ばれた幼き少女は、焔の鬼神の加護のもと、この世に生まれ落ちてきた。少女以外の人間───つまりは神に帰依している僧坊たちはそれを幸運だと喜び、鬼神に愛された少女はそれに縛られ自由を奪われた。神を信仰する彼らに、もはや清い心などどこかへ置いてきてしまったのだろう。目の前にある、すべてを征服できるほど強大な力はときに人を狂わせるのだ。
 なぜなら……、
 少女が弓を射れば、それは狂うことなく打ち抜かれ紅蓮の炎が包み込む。
 少女が祝詞をつむげば、たてつくものすべてを業火で灼き尽くす。
 戦いを好む鬼神であろうとも、その加護は絶大だ。それを失うことを恐れた強欲な僧坊たちは、少女が逃げられぬようありとあらゆる手段で枷をはめた。
 まずは手を使えぬよう縄でしばり、焔を統べることのできる声を封じるために|猿轡《さるぐつわ》をかませた。少女は縄が手首に食い込んで血が滴るほどもがき、苦痛に歪んだ瞳からは絶えず泪が零れた。
 どうあっても逃げようとする少女に、今度は両親を捕え人質とした。逆らえば命はないと、まだ守られるべき立場であるはずの少女に、残酷な選択を迫った。
 少女には難しいことは分からない。ただ自分を愛してくれる存在が危険にさらされていることは雰囲気で分かった。だから少女は抵抗をやめ、泣くのも我慢した。
 人を助けるはずの僧坊は、大勢の信頼を得るために幼き少女を犠牲とした。自分たちでは得られぬ強き鬼神の力を、少女ごと操るために。そのために、少女の持つあらゆる感情が邪魔だった。このうえもなく愚かで欲に塗れた僧坊たちは、少女の身体の自由を奪うだけでは飽き足らず、逆らわねば殺さないと言っていた少女の両親の命すら奪った。それなのにも関わらず、卑劣で残虐な彼らは、自分たちのしていることを神の導きだと信じて疑わなかった。そうして、だれも形ばかりは巫女と言う崇高な立場にいさせられた少女の味方をするものたちを排除していったのだ。
 ……幼く無垢な心が、壊れるのは必然だったとしか言えない。
 壊れた心はもはや痛みも歓びも何も映し出さず、ただ虚無に浮かんだままで息をしているだけの『人形』となった。心が空っぽになり、器のみの存在に成り果てた少女を、少女から何もかもを奪った輩は利用した。自分たちのためだけにことごとく。
 そうして少女は操り人形と化し、両親が慈しんで付けてくれた名さえ、思い出すことはついぞなかった。
 否───ある意味ではすべてを失うことによって、無意識のうちに自らを加護する焔の鬼神を強く惹き付けたのかもしれない。そして、それはいつしか強大すぎる力となり、少女の命を少しずつ少しずつ、砂がさらさらと流れ落ちるように削っていった。


 少女の巫女は言われるがままに弓を構え、死の焔をまとい、罪を重ねさせられていく。それが自分の決められたさだめなのだと、未来永劫終わることはないのだと、ぼんやり思うようになった。そう思い始めたのがいつだったのかは思い出せない。ただ永遠とも言うべき時間の歯車に、目に見えぬほどの小さなずれが生じたのだ。
 それは、傷つき疲れ果てた魂が、かの休息所を見出した瞬間でもあった。



 夜ごと夢に見るは、血塗られた記憶。
 耐えがたい嗚咽とうめきが地に轟き、悪鬼が歓びの舞を踊りそうな死の香りが漂っている。
 悪鬼が狙うのは息も絶え絶えの人間たち───それらは|巫女《自分》が打ち砕いたものたちだ。そして、もはや人とも呼べぬ異臭を放っている。生気を喪い窪んだ眼孔が、ひたりと狙いを定めずるりずるりと足を引きずりながらにじり寄ってくる。
「─────っ!?」
 反射的にがばりと起き上がっていた。息が、上がっている。心臓はどくどくと自分のものでないかのように激しく騒いでいる。
(…………なぜ)
 無意識に問いかけていた。恐怖も痛さも苦しさも、感情と呼ばれる類のものは一切封ぜられているはずの少女は、じっとりと汗をかいた手のひらを見つめながら、心の中で静かにそう問うていた。
「巫女様、お目覚めのお時間でございます」
 代わり映えのしない堅い声音で、名目上は巫女である少女に仕えている女たちの声が聞こえてきた。少女は黙ったまま着物の合わせを簡単に直すと、御簾を上げていつものように清廉な水の溜まっている禊ぎの場へと向かった。
 寝台からほど近くにある禊ぎの場はいつでも静謐で、すべての穢れを拒絶する雰囲気を持っていた。だからこそ、死の香りをまとう少女にとって居心地はよくない。本来ならば、清廉なる巫女であるはずの少女の身体からは邪気がまみれているのだから、当然と言えば当然なのだ。
 少女はするりと着ていた寝具を脱ぎ、代わりに禊ぎ用の白い着物を着る。そして、滝のすべる音が静かに響きわたる泉に足をそっと入れた。
「………っ……」
 びりびりと全身に痺れが走る。それは、泉からの痛烈な警告。それを感じるたび、自分が穢れていると無言のままに言われているようだった。そんなことを考えるようになったのはいつだったのだろうか。以前は痛みなど感じず、なんのためらいもなく禊ぎのための泉に身体を浸していたと言うのに。少しずつ、少しずつ、封じられていた思考能力が零れ出し、思わず泉から逃れるように足を出してしまうほどになっていた。
(でも……入らなきゃ、いけない)
 逃げることは許されていない。まだ十ほどの年も越えていない少女にそう思わせるほど、彼らは少女を追い詰めていた。少女はもう一度、禊ぎのための泉に向き直ると、そろそろと足を水に浸す。だが痛みは変わらない。全身を鋭い刃で斬りつけられたような、気を失ったほうがずっと楽だと思わせる痛みが少女を襲い、それでも泉に入るために渾身の力を振り絞って、立てば腰までの深さになる泉に入った。それが、彼女自身の命を縮めていると言うことを知らずに。そしてどんな経緯であれ、どこまでも清廉で穢れを許さぬ神の棲まう泉は、殺しと言う罪を重ねた巫女少女も受け入れることはないことを。
「……あ……、っアァぁああッ────!!」

 鮮やかな紅い血が、泉に飛び散った。
 警告を無視し泉に触れた少女は自分を操る彼らの祭る神の怒りを買い、脆い身体に罰を受けさせられたのだ。
 その瞬間、本堂で祈りを捧げていた彼らも違う形で異変を受け取っていた。


 古めかしくもどこか荘厳な雰囲気を放つ祭壇に祭られた彼らの|心の拠り所《神》。それに祈るようにしてこうべを垂れた彼らの目の前で、雷鳴が轟き───そして、神の姿に亀裂が走った。
 驚いて声もでない彼らは、我に返ったようにがばりと立ち上がり、禊ぎからなかなか帰ってこない巫女のもとへと走った。
 普段は立ち入れないはずの禊ぎの泉はすんなりと彼らを受け入れ、それを逆に不吉だと思いつつ足を進めた彼らの視線の先には、美しく澄んでいるはずの泉が紅く染まり、その中で不自然に浮かんでいる少女の姿があった。どこまでも愚かで、自分たちの罪に気付かない彼らはわなわなと唇を震わせ──泉の中から少女を引きずり出した。
「我らの祭る尊き神への冒涜、とうてい赦されるはずもない!」
「………冒涜など、していません。わたしは、神に………」
「口答えするか、人形の分際で。神聖なこの泉を穢しおって……!」
作品名:夢幻堂 作家名:深月