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オリーブの枝

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 ここは、ただ命が終わるのを待つ処。ただ、それだけ。
「はっ!」
 また悪夢にうなされていたようだ。ここ最近ずっとだ。ベッドが汗でぐっしょり。息が苦しい。はぁはぁと息が乱れていた。どうやら自分の首を絞めていたようだ。すっかり目が覚めてしまったので、起き上がる。
 体がだるい。体全体が倦怠感で覆われていた。空気がこもっているからだろうか。日光の光はたくさん入ってくるので、部屋の中は暖かい。自分を照らしてくれるのはこの日光だけだ。してやられたというべきか、そんなものかというべきか。
 自由に部屋から出られるのは、13時から14時の1時間と、17時から18時の1時間だけだ。そのとき以外は部屋には鍵が掛けられて出られない。部屋を出たところで、たいして何かすることがあるわけでもない。談話室に行くか、当ても無く廊下を歩いてみることぐらいしかすることはない。談話室には座る椅子と机と本棚しかない。本棚から本を部屋に持ち込むことが出来るから、暇なときは本を読んでいる。食事は1日3回で、食べ物を運ぶエレベーターが部屋にあるので、自分で開けて確認する。
 朝食を済ませ、ベッドに横たわる。ふと天井を見上げた。天井は高く、ずっと見ていると吸い込まれそうだ。上に意識を集中していると、自分の体が上にすいよせられて、まるで浮いているような感覚になる。自分の存在はこんなにも軽いのか。
 変化がないと人間は退屈するし、それを求めて動き出す。それができないとおかしくなるようだ。だが、ここでの生活が長いとそんなことにエネルギーを使うのが馬鹿らしく思えてくる。ここには時計はあるが、外の世界のような時間感覚はない。朝、昼、夜の3つだけ。朝は起きて、昼は少し動いて、夜は寝る。それの繰り返し。さっき言ったとおり、ここは命が終わるのを待つ処だ。命を生きる処ではない。気長にそのときがくるのを待つだけだ。
 昼食を食べ終わって、13時になったので部屋のドアが開いた。談話室へ向かう。今日も彼女はいるだろうか。
「やあ」
 彼女は端のほうにちょこんと座っていた。声を掛けると、辺りをきょろきょろと見渡した。
「ここだよ」
 肩に触れて示した。少しぴくっと動いた。
「あ」
 存在に気づいたようだ。
「おはようと言うのも変かな、こんにちは」
「また会ったね」
 ポツリと彼女は言った。何度かこの談話室で会っているが、未だ最初に会った頃と反応があまり変わらない。
「昨夜も悪夢にうなされたよ」
「そう」
 彼女にはどうでもいいことか、その一言だけで終わった。
「昨日の続き」
「ん、あぁ、旧約聖書か。いいよ」
 彼女と会話してきた中で、唯一興味を持ったのが旧約聖書だった。この旧約聖書は下の階から持ってきたものだ。
 淡々と読んで聞かせた。時折頷き、静かに彼女は聞いていた。今日で『創世記』の9章を読み終わり、ノアの方舟の話が完結した。
「ノアはとても長生きなのね」
「さすがに950歳はありえないでしょ」
「私は今16歳」
「そうなんだ、俺は24歳」
「私もノアの子供」
「まぁすべての人類の祖先らしいからね」
「私のお父さんはノアだったんだ」
「いや、それは……」
 彼女はどこか遠くを見ているようだ。彼女の眼には何が見えているのだろう。
「あとどれくらいかな」
「何が?」
 彼女は黙って、遠くを見ている。
「包帯はいつまでしてるの?」
 ふと、質問してみた。最初に会ったときから気になっていたことだ。
「具合がよくないからまだ外せない」
「そっか」
 沈黙が流れた。窓の隙間から吹く風が、彼女の長い髪を揺らしている。
「じゃあまた」
「うん」
 昼の自由時間が終わって、一旦部屋に帰る。もう一回自由時間があるのでまた談話室に来ることになるだろう。
 部屋にいる間、久しぶりに考えてみた。あとどれくらい待てばいいのか。死ぬときはどんな感じなのだろう。今はまだそんなに苦しくないが、そのときは苦しくて苦しくて、助けを求めるのだろうか。泣いて、涙も枯れ果てて、まだ生きたいと思うのか。わからない。まったく想像がつかない。まるで他人事だ。他人を見ているようだ。上の階に上がったときも、特に何とも思わなかった。こんなものか、あっけない、などと感じた。
 そんなことを考えているうちに2度目の自由時間になった。廊下に出て、談話室に向かう。彼女がまたいますように。

作品名:オリーブの枝 作家名:ちゅん