オリーブの枝
「他のことなんだけど、聞いていい?」
「どうぞ」
「この病院って、何か変じゃないか?」
「いまさら気づいたの?」
「だって、この階関係者が全然いない。部屋では、食事がエレベーターで運ばれてきて、時間になると自動でドアが開いたり閉まったりする。まぁ来た頃から怪しいと思ってたけど」
「ここは、7階は、特別な処よ。ホスピスみたいだけど、ある意味それ以上ね」
「どういうこと?」
「ただ命が終わるのを待つ処なのよ、ここは」
「なるほど」
おおよその見当はついていたのだろう。その手の話はあまり実感が湧かないから、あまり驚いていない。
「ここは、社会から見放された者が最後に来る処。何らかしらの心身的な問題を抱えて、社会復帰が望めない者が集まる処。自殺しそうな人を自殺じゃなくて、寿命で死なせる処でもある。とにかく、ここに入ったら、あとは死ぬしかないの」
「ったく、ひどいところだな。やっと地下から這い出てきたのに、そりゃないぜ」
「多分、下の階で見る限り、復帰は不可能と判断されたんだろうね。まぁ恋人を殺したわけだしね、普通じゃないわよ」
「おい、そんな言い方するなよ」
「だってそうでしょ?人殺しだもん」
「何だよ、この前とは全然違うな。そう言うお前だって、ここにいるんだから、普通じゃないだろ。名前がなくて、盲目で、しかも病気持ちなんだろ。不幸だらけだな」
忠司が嫌味を言うと、彼女は過剰に反応した。
「そうよ、どうせ私は、捨てられて、病気で体も弱いし、ずっと惨めで、今にも死にたいのに生かされてる、そんな人間よ!」
彼女は立ち上がって大声で言った。実に感情的になっていた。いつもの淡白な感じとは大違いだ。彼女が叫んでいるのを聞いて、忠司はうっすらと笑った。
「お前、そういう風に感情をぶつけられるんじゃん」
「え?」
虚をつかれたように、彼女は驚いた。
「今まで、なんか全然感情を出さないし、まるでロボットみたいに言葉だけパクパク喋ってる奴だったけど、今始めてお前の心の内が見えた気がする」
「何よ、そんなかっこつけちゃってさ」
「まだほんの少しだけどな。もっとお前のことが知りたくなってきた」
「ふざけないでよ、まったく。あとその『お前』っていうのやめて!軽々しいったらありゃしない!」
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「それは……」
「一応付けてもらった名前はなんていうの?」
「鈴木花子」
「なんだそりゃ、ぱっとしない名前だな。よし、わかった。俺が考えるよ」
「いいよ、別に」
彼女はすっかりそっぽを向いてしまった。