オリーブの枝
「この前はありがとうな」
「どういたしまして」
「そっちも何かあったら、遠慮なく俺に話してね」
「機会があればね」
「あ、そういえば、名前教えてよ。何か違和感があると思ったら、まだ名前聞いてなかった」
確かに彼女の名前はまだ知らなかった。自分の自己紹介をしただけだった。
「ないの」
「え?」
「私には名前がないの」
彼女ははっきりと言った。決して冗談を言っているような感じではない。
「どういうこと?」
「私、捨て子だから」
「そ、そんな……」
忠司はショックで言葉を失った。
「最初は児童養護施設にいたけど、病気でここに来たの。一応名前は付けてもらったけど、付けてくれるのって、見つかったところの市町村役場の人だから、面識ない人なんだよ。そんな人に付けてもらった名前なんて名乗る気しない」
彼女はいつもと同じように淡々と話していた。
「まぁ興味のない話でしょ」
「い、いや、大事な話だよ。だってそんな、つらい過去があったなんて」
「まぁいろいろあったわ」
「さぞつらかっただろう、話してごらん」
「なんで話さなきゃいけないの?」
「だって、話したほうが少しは楽になると思うし、俺の悩みだって聞いてくれたじゃないか」
「それはそれ、これは別の話」
今日の彼女はやけにつれない。余程触れて欲しくないことなんだろう。少し苛立っているようにも見えた。
「そうか、ならいいよ」
「聞かないの?」
「気になるけど、話してくれるまで待ってる」
「言う前に、私死んじゃうかもね」
「冗談でもないこと言うなよ」
忠司は椅子に深く座り直し、ふぅと一息つく。彼女もまた、心に傷を負っている、たぶん相当深手なんだろう。どうにか心を開かせたい、そう思った。