オリーブの枝
2人はしばらく抱き合ったままでいた。彼女は頭を撫で続けていた。忠司は落ち着きを取り戻し、一定の呼吸を繰り返している。
不意に忠司は浅い眠りについた。ここは、夢か現実か。意識が夢と現実の狭間で彷徨っていた。
「ここは?」
白い靄がかかっていて、辺りがよく見えない。ぼぉっとしていると、おぼろげながら何かが近づいてくるのがわかった。近づくにつれてその姿かたちがはっきりと見てとれるようになった。それは、忠司にとって、心の奥にしまいこみたかったものだった。
「茜……」
我慢できず声を出した。今まで夢に出てきた茜とは違い、どこか落ち着いた顔をしている。忠司が呼びかけたが全く反応がない。
「茜、俺だ、忠司だ」
再度声を掛けたが、反応を示さない。こちらの声は彼女には届かないのだろうか。
「茜、何も言わなくてもいい。ただ、俺の話を聞いてくれ」
彼女はじっとこちらを見つめている。
「今まで言えなかったことなんだけど……ごめん」
忠司は目を閉じて頭を下げた。
「殺したことじゃなくて、疑ったことだ。俺の茜への気持ちを少しでも疑ったことだ。俺は、今でも茜が好きさ。ずっと変わらない。泣いたり、怒ったり、悪口言い合ったりしたこともあったけど、最後は仲直りしてた。いろいろあったけど、2人で乗り越えてきたじゃないか。こんなことじゃ挫けないよな?そう、俺たちはずっと一緒だ。天国で待っててよ、ちょっと待たせるかもしれないけど」
少し余韻を持たせ、目を開けて、彼女を見る。相変わらず反応はなかった。
「これからもよろしく」
そう、これでいいんだ、忠司は笑みを見せて、彼女に抱きつこうとした。すると、彼女は音も立てず、瞬く間に消えてしまった。再び辺りが暗くなる。
「……これで、いいんだよな」
触れようとしたが触れられなかった。今まで言えなかったことを言って、自分の正直な気持ちをぶつけたが、消えた後に残ったの虚無感だけだった。
「茜……茜……茜……!」
名前を呼んでも、後に残るのは静寂だけ。胸が熱くなって、頬に涙が流れる。
「茜!茜!茜ーー!!!!」
忠司は声が枯れるまで呼び続けた、何もないこの場所で。