オリーブの枝
そう、突然言われたんだ、何の前触れもなく。あまりに急すぎて驚いたよ。まさか、冗談だろ、そんなことを言ってたけど、頭の中じゃパニック状態だった。でも、それ以上に彼女自身がショックだったろうね。
末期のガンだって、もう手遅れ。余命は、長くて半年。
そんなバカな、なんでうちの彼女が、何か治す方法は?、医師にいくつもの質問を投げかけたが、納得のいく答えは1つもなかった。
俺は悲しみにうちひしがれて、周りが見えなくなりそうになった。けど、俺以上に彼女が苦しいはずだ、そんなときに俺が自暴自棄になってどうする?、彼女に余計な心配をかけるだけだ、そう思って俺は出来る限り明るく振舞うようにして、彼女を励まし続けた。
日に日に、症状は悪化して、生活に支障が出るようになった。ホスピスに移されてから、体の自由が利かなくなった。徐々に動かなくなる体に不自由さを感じ、また迫り来る死の恐怖に、ヒステリックを起こし、俺を責め立てることもよくあった。そんなときでも、俺は彼女のためを思って、無理をしてでも明るく優しく接した。しかし、そんなのは浅はかなことだった。
そんなある日、いつものように彼女の病室に入った。
「ねぇ、もう殺してよ」
怪しい笑みを浮かべながら彼女は俺に言った。
「死にたいの?」
なんとなく気持ちはわかった。もう茜には限界なのかもしれない。何も出来ずに死んでいくのが。
「だって、最後は呼吸も自分で出来なくなって、機械によって生かされる植物人間になるんでしょ?そして、最後は苦しんで死ぬ。そんなのいやよ!そんな惨めな死に方したくない……!」
「それでも、生きよう!最後の最後まで、精一杯生きようよ!病気に負けちゃだめだ!」
俺は必死に彼女を説得した。俺は、お前がどんな姿になってもずっと見守るから、そう伝えた。
「じゃあ、一緒に死のうよ。私1人だけ惨めに死んでいくのなんて嫌!」
彼女は泣きついてきた。あのときが1番困った。彼女の1番のわがままだった。俺は迷った。正直、俺自身も死んでしまいたかった。彼女のいない世界なんて、考えられなかった。おそらく、彼女が死んだら、俺もすぐ死ぬだろう、そう思っていた。
「……でも、死ねないよ」
「何、最愛の恋人が死ぬって言うのに、あんたはそれでも1人で生きたいって言うわけ?」
彼女はもはや正気じゃなかった。あのときの彼女の眼を忘れられない。殺意とは違う、それ以上の、全てを憎んでいるような眼。
「もういいわ、私が殺してあげる!」
そう言って、茜は果物ナイフを手に取り、俺に切りかかってきた。
「やめろ!」
俺は間一髪でよけて、茜の腕を掴んだ。
「なんで避けるのよ!」
「落ち着けよ茜、落ち着け!」
「落ち着けるわけないじゃない!もう、忠司なんてだいっきらい!死ね!」
その言葉を聞いて、俺の頭は真っ白になった。俺の体を支えていたものは全て崩れ落ちた、音も立てずに一瞬で。茜は俺を、憎悪の満ち溢れた目で見ている。俺が人生をかけて愛した彼女に、大嫌い、と全てを否定された――。
大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い……。
「茜……」
「もういいわ、後悔させてあげる」
そう言って、ナイフを自分の方に向ける。
「あなたがまだ私を愛してると言うなら、私を殺してみなさい。さもなくば自殺するわ」
「茜……」
「三つ数えるうちに決めなさい」
「1つ」
「茜……」
「2つ」
「3……」
茜はナイフを自分の体に手繰り寄せる。
「茜……!」