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ライドガール

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「なんでふたりともそんなに驚いてんの?」
「そんな、驚くに決まってるじゃないですか! 自分のことがわからないなんて」
「そうかなー、おれ、ちっとも困んなかったけど」
 ランダットはますますきょとんとした顔で、リウを指さした。
「わざわざそんなこと言いに来たの?」
「ち、違います! っていうか、そんなこと初めて知りました!」
「だよなー」
 リウは一度こぶしを胸に置いて、うっかり忘れそうになった本題を切り出した。
「わたしは、ランダットさんに聞きたいことがあって来たんです。〈天馬競〉」
「〈天馬競〉?」
「ええ。ランダットさん、〈天馬競〉で助っ人してませんか?」
「してる」
 ランダットはそれまでどおりの態度で、あっけらかんと認めた。
 かえって調子をくずされた気がしたが、すぐ本題に入れるのはありがたい。この様子なら、報酬額について長い駆け引きなどせずにすむだろう。
「リウ」
 シャルスが短く呼びかけてきた。続きを聞かなくても、その顔でわかる。シャルスはランダットを仲間にすることに不安をおぼえはじめている。
 その気持ちはリウにもわかる。昔のことが思い出せないという問題そのものより、むしろその問題に対するランダットの軽すぎる態度が不安をかきたてる。
 ちゃんと約束を守るのか、しっかり走ってくれるのか。忘れた、となってそのままほったらかしにしてしまわないのか。
 〈天馬競〉の助っ人と、一口に言ってもいろいろある。自分ひとりでは組を作れないからせめて助っ人で参加したいという者もいれば、どうにかして礼金だけをくすねたいと考える詐欺半分のような者もいる。
 ただ、彼らには〈天馬競〉に出たいという気持ちか、それを持っていると見せかける演技力、最低でもそう演技しようとする意志があった。
 しかしランダットにはそうしたものが一切ない。あっさり助っ人を承知しそうな半面、同じくらいあっさりやめたと言い出しそうな、そんな印象を受ける。自分自身にこうも無関心な男が、挑戦や名誉や金銭に関心を持つだろうか。
 それでも、とリウはこのとらえどころのない男をじっと見つめる。あのあざやかすぎる手並みは本物だった。彼は馬を知っている。そのことだけは疑いようもなかった。
「だったら、今年の秋まで、わたしたちと組んでくれませんか」
 リウは言った。
 ランダットは立ち上がった。華奢な男だが、それでもリウより上背はある。
「一緒におまえが出んの?」
「もちろん」
「それと、そっちのおまえ?」
「ええ」
 シャルスも答える。
「ふーん」
 ランダットはまた髪をかいた。
 それをなんらかの疑念と受け取ったらしい。シャルスはきっと頭をもたげた。
「僕はノア牧の共同経営者、シャルスだ。あなたへの礼金なら十分に払える」
「十分?」
「ああ。とはいっても、要求が法外なものだったら、もちろん払う気はないけれどね」
「礼金って、おまえが決めんの?」
「もちろん」
「どうやって? 一位いくら二位いくら、それ以下だったらいくらって?」
「そうだ。当たり前じゃないか」
「じゃ、鼻差の二位と、一位のやつらが風呂もすませたころに着いた二位も、まるっきりおんなじ? 三位と、夜になって戻ってくるようなびりも?」
 シャルスはとまどい、表情が揺らぐ。
「あはは。な、だからそんな細かいこと言わなくていいって。勝ちたいって、それだけで」
 小さく口をあけたまま止まってしまったシャルスを視界の端に見ながら、リウはなぜかこみあげた微笑をそのまま頬に浮かべた。
「ええ、勝ちたいんです。だから勝つ方法を教えてください」
 ランダットはふりむいた。
「教えるもなにも、いい馬を気持ちよく走らせればいいじゃん。なんか難しいわけ?」
「あなたにとってはそうかもしれない。だけど、わたしたちはそうじゃない」
 リウはじっとランダットを見つめ、まっすぐ手を差し出した。
「だから、一緒に出てくれませんか」
 ランダットは片手をポケットにひっかけると、もう片手で頬をかいた。
「んー……」
 視線をそらした顔は、なにやら考えるふうだ。
「リウ」
 シャルスが小さく声をかけてくる。
 だが、リウはそれでもランダットから目をそらさなかった。予感がする。この変わった男はきっと助けになってくれる。
「わたし、勝たなきゃいけないんです。どうしても」
 手を差し出したまま、リウは言った。
「それに、うちのランダルムって名前。ランダットさん、結構好きなんですよね?」
 ふっと小さな笑い声と同時、リウの手は意外な力強さで握り返された。
「いいよ。やってみっか」

作品名:ライドガール 作家名:ひがら