ともだちのしるし
ふと、ベンチに座っている人影が、私の目を留めた。向こうを向いて座っているから顔は見えないし、夕日でオレンジに染まっていて本来の色とは少し違っていたけど、それが茶色い髪と白いカチューシャだと分かった。少し躊躇した後、公園に足を向ける。声をかける事もせず、ただ隣に座った。
「お……、おねえちゃん……」
その声に、私の目は伏せたままだった。だけど、右隣の不安そうな雰囲気は感じ取っていた。揃えた膝に乗せられている手が、僅かに震えたのが分かった。そのか細い指が、随分と白く見えた。
「あ、あの……。ご、ごめんなさい」
しばらくの時間が流れた後、
「……さっきは、怒鳴ったりしてごめん」
「おねえちゃんは悪くない……。悪いのは白だよ……だから、ごめんなさい……」
「ああなっちゃったのは仕方がないよ。だから、もう謝らなくていいよ。だけど……」
私は、後を続けた。努めて冷静に。
「もう、あの絵は描けない。同じものは二度と描けないの。もう一度描こうとしても、同じものにはならないの……」
それは、私の絵が自分の心を映すから。こんな気持ちじゃ、同じ絵にはならない。
「もう、あんな事はしないで。制作者の思いを壊す事だけはやめて」
ひどく意地悪な事を言っている気がした。白ちゃんを責めている。
「ごめんなさい……」
白ちゃんはそう言うと、もう口を開かなくなった。
どの位の時間が経ったのか……。多分、ほんの一、二分。もっと短い時間だったかも知れない。それが随分と長く感じ始めた頃、後ろから聞き覚えのある声がした。
「美胡、やっぱり心配でさ。あの後あたしも早退してきた。……こんな所で何やってんの?」
愛華ちゃんは私の左側に立っていて、背もたれに手を掛けているようだった。
「見ての通りよ」
ぶっきらぼうな言い方だった。愛華ちゃんに当たっている自分が嫌になる。
「見ての通りと言われても……。今日はどうしたの? らしくなかったよ。急に怒鳴ったりして……」
この場にいるのが辛かった。二人に対して、もっと嫌な人間になっていく気がして。
「もういいの。同じものはもう描けないから。……もう帰る、ごめんね」
だから、ここから逃げる事にした。最低だ。
「あ……」
白ちゃんが何か声を掛けようとしたけれど、それに触れたくないかのように、そのまま出口に向かう。立ち止まりたい気持ちはあったけど、止まらない足がそれを打ち消した。
「一人で大丈夫? 家まで送ろうか?」
「ううん、大丈夫。また来週学校で」
一生懸命に作り笑いを見せた。笑顔に見えていたか不安だった。今の精一杯の笑顔を見せたつもりだった。多分、笑った顔には見えていたと思う。
「……うん、分かった。必要なら何でも言いなよ。あたしは美胡の傍にいるんだから」
「うん……、ありがとう……」
白ちゃんとは、結局目を合わせる事はなかった。