ブローディア冬
「石間、ルイの本名ききとれた?」
「…ういふみ…って、カタカナにすると何つうんだろ」
「ういふみ」
「英語4じゃ太刀打ち出来ない名前だ」
「きっと英語じゃないよ。いろんな国の名前が混じってんだろうな」
「マジテオ」
「ルイの真似しなくていいって!」
画像の悪い古いテレビを前にしながら二人で大笑いした。ばあちゃんとルイはニュースを見るから、俺たちに古い方を貸してくれたのだ。一瞬白黒テレビ並みの写りになった赤いテレビをトントンと叩いて、石間がふとテレビに釘付けになった。冬でも半袖で胸ががばっと開いた服を着たモデルさん。
「木野」
「なに?」
石間はああいうのが好みなのかな。まさに太刀打ち出来ないぞ。
「もしかして木野ってハーフとかなんか?」
「は?」
「いや、髪、茶髪だし。ルイさんいるし」
「ハーフ……ふふっ」
石間がクルッと顔をこっちにむけた。なんか鼻息荒くていまにも飛び付いてきそうだ。
「ルイさんって親戚かなんかなんだろ?」
「まっさか」
がっくりとうなだれた石間の肩に手を置いてみる。
「俺は純粋な日本人だよ」
「じゃあルイさんが日本の血を……」
「ルイはアメリカ人。ドイツとイタリアと北欧の血がマジテオって言ってただろ」
「なんだよ反則だろ」
「はあ?」
「もしルイさんと木野が親戚同士なら、勝ち目あったのに」
ルイが品種改良の研究をしたという果物を囓りながら石間はまた一段階肩を落とした。
ルイと石間がなんの戦いをしてるんだか知らないけど、石間の髪がテレビと電灯の光を反射してピカピカと光ってることの方が俺はおもしろいと思ったのであまり追求しない。
「俺がいつも髪茶色にしてるのは、母さんが元美容師で……なんかうるさいんだよ。プリンはダメだって」
「木野のおばさんが美容師」
「似合わないよな」
「え、かわいいじゃん」
なんかムッとして俺は石間の肩から手を離した。人の母親を気軽にかわいいとかいうなって。石間はふっとわらって俺のつむじをツンと指した。
「木野ってぜってー母親似」
「バカに」
「してない。木野まじ俺好み」
「ど、うしたんだよ急に」
「別に」
「………。」
格好いい石間が真面目な顔をすると、格好よすぎる。少しだけキツそうにみえる奥二重のなかの黒目が俺をジッと見て、女子たちがあこがれている唇が何かを言おうと薄く開いた。
ドキドキした。
「シン? イシマ? 布団もてきたよ」
「持って来たよお」
「あ、ルイとばあちゃんだ」
「ちっ」
石間はふうと薄く息をついて、立ち上がった。俺は石間を見るのが中断されて、ちょっとだけおもしろくなかった。
「もしもだけど」
「なに、木野」
「もしも石間がルイのことちょっと嫌いでも、俺はルイが好きなんだ」
「……は?」
石間は布団の向こうはしから無理矢理顔をこっちに向けた。
「なに。それ」
「だからもしもの話」
「木野はルイさんのこと好きなんだ?」
「そうだね。ばあちゃんのこと任せてるくらいだしね」
「なんで木野んちは、あんなよくわかんない外人に家族を任せられるんだよ」
「まあ、そう言うなって」
「だってよ」
「石間」
「なに」
「俺は、ばあちゃんちに来たのはさ」
「うん」
「ばあちゃんに会いにきたわけでも、ルイに会いにきたわけでもなくって」
「はあ?」
「石間とこうなったら……ってさ、思ったからなんだよね」
「……えっ、と!」
俺は石間の方へよいしょと体を動かす。
ばあちゃんが昔通販で買った金運の上がる来客用の布団は一組しかない。しかもそれはタブルサイズの敷き布団で、つまりいま俺と石間は同じ一枚の布団の上に横たわっているわけだった。
石間はやっぱり背を向けたままだ。
「木野」
「なんだ、石間」
「手」
「……うん」
布団の中で、繋いだ。