ブローディア冬
「あー雪が重てぇー」
「イシマ、情けないよ、わっかいんだから」
ルイと石間が屋根の雪下ろしをしていた。毎年雪下ろしで事故が起こっているからとばあちゃんは石間に遠慮したんだけど、わざわざ石間は自宅に電話して了解を得たらしかった。
賃貸マンション暮らしだから、何ごとも経験だって。
「石間大丈夫か? あ、いま人通るから休憩!」
俺は地上で交通整理だ。といっても人通りなんて殆ど無いんだから、二人に何かあった時の連絡係のようなものだった。結構ヒマで、汗をかいて労働してる二人に申し訳ない。
そう言うと二人は笑って、構わないよと言う。
「木野はいいんだよ、俺がやりたいだけだしー」
「そうかあ?」
屋根の上から姿の見えない石間の声が降って来る。
「ソーソー。昨晩は体力使ったんだろシン、ゆっくりしててネ」
「体力?」
ルイの声にはて、と考え込んでいると、ボカッと……まるで、プラスチックのスコップがルイの体に投げ付けられたような分かりやすい音がした。
「てめっ…シッ…バカ」
「アッハハ、イシマはちゃんとヨメを労ってていい奴だ」
「嫁……?」
「ああもう、昨日は別に、その」
「……エエ?! まさ、か?」
ギュギュッと雪を踏み締める音がして、その刹那、
「!」
「ルイさん!」
ルイが雪山にダイブした。らしい音がした。
「ダイジョーブヨ。足ひねっただけ……」
「このっ馬鹿者ルイっ」
「サリ。ごめんなさい……」
「ごめんじゃすまないよっ、もう、わたしゃこんな思いしたくないよ」
「園さん。愛してるよ、置いてくわけないよ」
「もうっ、馬鹿だねこのこはっ」
ルイの部屋の扉を少しだけ開けて、俺と石間は目を合わせただけで入るのをやめた。
階段を降りている間にもばあちゃんとルイの掛け合いは続いている。
「悪い、ふざけてたわけじゃねんだけど……。ふざけてた……」
「石間……。びっくりしたけど、捻挫で済んでよかったよ」
トン、と階下に降りて、でも頭の中ではさっきルイがばあちゃんに向けて言った「愛してる」がリピートされていて、いっぱいだった。
「石間も無事だったからよかった」
客間に敷いたままだった布団に座る。ちょいちょいと石間を呼んで、隣りに座って貰って。
そっと、すっかり黒くなった頭を撫でて、ちょっとだけ力を込めたら俺の膝に石間の頭が乗っかった。膝枕というやつだ。
「木野」
「雪下ろし疲れただろ。お疲れ」
枕の方がぜったい楽だよなと思ったけど、石間の頭が暖かくって手が離せない。なんにも言ってこないし、俺も無言で頭を撫で続けていた。
口に出したつもりは無かったけど、気付いたら名前を呼んでいたみたいだ。まどろんでいたらしい石間の肩が強張って、溜め息と共にまた沈む。
「石間」
「……ん」
「聞いた?」
「なにを」
「ルイが愛してるって言ってた」
「ああ……」
もそりと石間が起き上がった。肩をぐるぐる回しながらボキボキっと音を鳴らして息を吐く。雪かきをしたせいで頬がほてっている。かっこいいんだ。
「ルイさん、愛してるって言ってたな」
「うん。言ってた」
昨日俺も石間に言った言葉だ。でもルイのそれはとてつもなく途方もないものに感じて、惚けてしまう。愛、だって。それをルイは、石間に伝えろと言っていたのだ。
「とほうもない」
「木野?」
「石間」
「……うん?」
伸び上がって、ちゅうっとルイがするように石間の額にキスした。石間はフッと顔の筋肉を緩める。
「昼寝でもすっか」
「そうしよう」
ギュッとくっついたら暑くて、結局手をつないで仰向けに寝転んだ。
とほうもなく愛している。