ブローディア冬
よくわからないうちに晩ご飯を食べ終えて、でもその後石間と二人きりになるのが怖かった。
ルイとふたりで吹雪の後の除雪をする。
重い雪を持ち上げて山に向かって振り上げる。持ち上げて、振り上げる。道をつけているルイが俺のところにきて、肩を叩いた。
「シン、もういいから入ろう」
「……あ、もう……?」
ザクッとスコップを斜面に挿す。
「そんなに困たカオしないで」
「してないよ」
「してる。イシマに伝えよう?」
「……なにを?」
ルイの手袋に包まれた両手が頬を挟んできた。
「愛してるって」
「愛」
俺が顔を無理やり背けたから手からは逃れられた。でも次は頭の後ろを掴まれた。
「ルイ?」
「え、ちょっとル。ん!」
「………」
「やめろっ……んんん!」
「………」
バホッ。
ミトンのような俺の手袋がルイの顔を叩いた。ルイが、俺にキ、キスしたんだ。
よく分からないぼうっとした頭が、きりきりと締まっていくような感じがした。
「シン、知ってるよ。イシマとこうしたいって」
「嘘!」
「素直になってイシマに言わなきゃ」
「嘘だ……。だって誰にも秘密なんだ」
ルイは白い息を吐いて笑った。
「誰にも言わないヨ」
「……それに俺ちゃんと好きって言ってる」
「それだけ?」
「そ、それ以外にどう……すんだよ」
「恋人のキスして、恋人のハグ。シンはしたいんでしょ」
「し」
「したいってイシマに言うんだよ」
「………」
「……後片付けは一人でやるからシン、先に家に入ってて。」
「………」
頭の中がまたグルグルしだして、めちゃくちゃだ。
ギュウギュウと雪を踏み締めて玄関まで歩く。扉をギッと開いたら石間が立っていた。見ていただろうか。見えないか。
「石間。……そんな薄着で……風邪引くぞ」
「ひかねえし」
ホラ、と手のひらでチョイチョイとされて、導かれるように長靴を脱いで廊下に出た。上着をハンガーにかけている間に、石間がマンガを片付ける。あいた布団の上に、向かい合わせで座った。
「木野、ほっぺた真っ赤」
「うん?」
思わず手で頬を隠す。さっきのルイとのことを思い出した。
ルイとキスした。
浮気になるのかな。いや、ゴーカン……いやいや、相手はルイだし、嫌じゃなかった。
嫌じゃ……
嫌だった!!
急に腕でゴシゴシ唇をこするから石間は慌てた。でも嫌だった!! 石間じゃないと、嫌だった!!
「木野、どうした」
「ううん」
嫌だった……。
なんでキスしたのルイ。
嫌いだ。優しいルイは好きだけど。
「きっと嫌いになる」
「木野?」
「嫌いって言うのも言われるのもツラい」
「まあそうだけど」
そっと石間の大きな手が俺の胡座をかいた膝に乗せられた。ブルッと震えてしまった。
「でもさっきどうしたの。ルイさんに泣かされたとか、許せねえ」
「……許して」
膝の上で手の平は拳になっていた。
「ルイさん、木野のこと好きなくせに泣かせたとか」
「……ちがう。俺が悪いんだ」
その拳を両手で包んで、石間の膝に返す。
「石間」
「なに」
「頼みがあるんだ」
「? はあ。なに?」
「布団の中で抱き締めて、キスしたい」
石間は無言で立ち上がって、早足で客間から出て行ってしまった。
きっと嫌われた。
ツラいけど、涙はもう流さない。