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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 一体、どのぐらい歩いてきたのだろう。ここまで来ると、言葉もかなり違っていて、街道沿いということもあり屋台の主人などはわりと言葉が通じるのだけれど、町の人たちが普通に話している会話には、ところどころ聞きなじみのない単語やアクセントが混じる。もうあの街に帰るよりも、国境のほうが近いのだろう。
 このあたりは、今から百年ほど前まで、この国が人間の国家同士で戦争に明け暮れていた頃はしばしば所属する国家が変わっていた地域であるらしい。国境に近く、それなりに土壌が豊かで農業収益が上がることがその理由で、そのためか独特の文化を持ち、国への帰属意識は低く、収奪は厳しいと聞いた。それは物や税金についても、人的資源についても。葬列は少なくない。
 心浮き立つような旅ではまったくないけれど、自分の知らない土地の風物や動植物、一見して使い方のわからない見慣れない道具や食べ物を知るのは楽しかった。或いは、これが唯一の楽しみなのかもしれない。此処のところ、浮かない表情をしていることが多く、僕が見ていることに気付くとすぐに表情を取り繕ってしまうフィズも、土産物の店を覗いているときはあの宝石の双眸をきらきらと輝かせているし、独特の味付けもお気に召したらしく、以前よりも食が進んでいるように見える。食欲が落ちていないのは本当に幸いだ。今朝も屋台で湖魚の料理を一匹分問題なく完食していたので体調は大丈夫だろう。目の下の隈も昨日よりは薄い。深く眠れた理由が疲労であろうことは、あまり喜ばしいことではないのだけれど。
 そんなことを考えていると、ふとフィズが僕を見た。
「なにかついてる?」
「……目と鼻と口がついてる」
「眉毛は?」
 僕は小さく噴出してしまった。
「ちゃんと付いてるよ、大丈夫」
 そう答えると、フィズも笑った。
「慣れない冗談なんか言うからよ」
「うーん」
 どうしてフィズやらじーちゃんといった日頃から冗談なのか本気なのかよくわからない危険な発言を繰り返す面々に囲まれて、僕はこんな風に育ったんだろうか。いや、逆か。僕までフィズのような性格だったらどれだけ回りにご迷惑を振りまいたことだろう。僕とばーちゃんが口数が少な目ぐらいで調度良かったのかもしれない。スーはきっとこのまま順調に行けば、フィズよりも口数が多くイスクさん以上の毒舌という恐ろしい性格に育つのだろう。それでも、あのなんだかんだで人に嫌われず、抜群に空気を読むのが上手い、というかいじっていい人間とそうじゃない人間を区別する力があれば、どんな集団の中でもうまくやっていけるだろう。寄宿舎とか、一般的な学校というところがどんなものなのかはわからないけれども、同世代の仲間の中で、早く馴染んで楽しくやっていってほしいと思う。
 僕も、そういうところに通っていたらもう少し同世代の友達が多くできていたのだろうか。ずっとフィズとイスクさんの後をくっついて歩いていたこと、たまたま同い年の子どもがそう多くはなかったこと、そして僕の人付き合いに対する積極性のなさのためか、僕には同世代の友達がそれほどいない。一緒に遊んだ回数なら、イスクさんに限らずフィズの友達のほうが多いぐらいだ。あと、診療所でばーちゃんの手伝いをしていることも多かったので、大人の知り合いも多い。けれど、もう少し積極的に友達を作っておけば良かったかな、と思わないでもない。勿論今の人間関係になんの不満もないけれども、街を出るときに別れを惜しんだのが、家族と、あとはイスクさんぐらいだったというのも、少し寂しいような気がした。まあスーはあの通りなので、僕みたいなことにはならず、楽しくやっていけるだろう。レミゥちゃんも本来は明るい性格のようだし、生活が安定すれば心配はいらないと思う。
「あ」
 フィズの顔に目と鼻と口と眉以外のものを見つけて、僕は小さく声を上げた。
「食べかすもついてる」
 唇の端についた透明な魚の鱗を、人差し指で拭った。それは僕の指先には付かずに、ぱっと落ちて直ぐに見えなくなった。フィズの頬は柔らかいけれども、少しだけ、皮膚がかさ付いているような気がした。
「ん、ありがと。……早く落ち着いてご飯食べれる環境になりたいね」
 念のためということなのか、一度自身の指で唇の周りを一周し、フィズは呟いた。家で落ち着いて食事ができる状態であっても、結構口の周りにいろいろとついていたような気がする、ということはとりあえず言わないでおいた。
「ね、サザ」
「何?」
「……帰りたいね」
「………………」
 僕は、答えなかった。
 帰りたい、その気持ちを口にしてしまったら、張り詰めていた何かがぷっつりと途切れてしまいそうな気がして。
 帰りたいよ。でも、今は帰れない。帰っても、誰も居ない。だから、僕らは先に進むしかない。ひとまず落ち着ける場所が見つかるまで。唇を小さく噛んでいたことに、痛みでやっと気が付いた。
 フィズの願いなら、どんなことだってかなえてあげたい。それなのに、まだ何一つできてやいない。
 ふるさとで、生まれ育った家で、家族と暮らしたい。そんな、ささやかな願いひとつかなえられない。
 今はただ、すべてが上手くいって、なるべく早く戦争が終わるように願って、そしてその時までフィズの足を引っ張らずにいられるようにすることしかできない。最低限、それだけはなんとかやり遂げなくては。
「あいつがいるから、無理だよね」
 僕が返答しないのを、否定だと受け取ったのだろう。そしてそれは、間違ってはいない。それが悔しかった。
「そういえばさぁ」
 突然、声が明るくなって、フィズは言葉を続けた。
「あいつで思い出したんだけど、最近あんまり連中追っかけて来ないね」
 確かに。そう言われてみれば、最初は首都から遠くないこともあり、かなり頻繁に連中と交戦していたのに、ここ数日で彼らの姿を見たことは一度ぐらいしかなかった。フィズは売られた喧嘩はお買い得価格で買い叩くけれども、決して特別好戦的なわけではない。問題を力任せに解決することそれ自体は好きだし、二度と逆らう気が起きなくなるぐらい容赦ないけれど、誰かを傷つけたいわけでは勿論ないので、なんとか取り返しの付かない怪我をさせることのないように、と気を遣いながら戦うのは負担のはずだ。
「確かに」
 だけど、その理由もなんとなく想像が付く。
 最早僕らなんかに人手を割けないところまで、戦況は悪化しているのだろう。だとすると、尚更僕らが必死で時間稼ぎをする必要はもうない。街の人たちも、じーちゃんたちも、もう大丈夫のはずだ。
 だいたい、今回のこと自体、落ち着いて考えるまでもなく、戦争の混乱に乗じた、シフト少将の私怨によるごたごたという要素が強い。もしもインフェさんがシフト少将の恋人でなければ、フィズの母親がインフェさんじゃなければ、七年前のあの事件も、勿論今回の街に対する強硬策もなかったのだろう。この件は、軍の総意ではないはずだ。