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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 余程僕は間抜けな顔をしていたのか、ファルエラさんはまた笑い出しそうになっていたが、それは一瞬で収まった。
「が、生きてもいない」
「どういう、ことなんですか」
 意味がまったくつかめない。死んでないけど生きてもいない。そんな状態、聞いたことないし本で見たこともない。生物は生きているか死んでいるか、そのどちらかでしかない。
「魔族に身体が近づいている状態で魔力を使い果たした。それで命を維持できなくなって、嬢ちゃんは確かに死んだよ。だけど、やっぱりいろんな血が混ざってるせいかね、完全にすべてが魔族になっていたわけじゃない。あの状態にあっても身体のごく一部は生命力をベースにして命を維持していたんだ。生命力はまだ十分に残っているしな。今、そこを基点にして身体の置き換えが始まってるのさ。魔族から、人間と精霊に近い状態にな」
 身体の置き換え。多分、それがフィズが元気なときに数回見せた、魔族に近い状態と通常の状態の切り替え。
「じゃあ、暫く経てば」
 ファルエラさんは頷いた。まさか、そんな簡単なことで。
「ああ、嬢ちゃんは生き返る」
「なんだ……」
 膝から力が抜けた。フィズは死んでない。時間さえ経てば、蘇る。僕の命を代償に差し出さずとも。
「よかった………」
 涙が出そうなのを、なんとかとどめた。こんなに、あっさりと。
 僕が死ななくても、フィズは助かる。まだ、フィズは生きていける。なんだ、良かった。本当に、良かった。
「だが、この時間が経てばってのが曲者でな」
 いつの間にか膝が崩れ落ちてしまっていた。ファルエラさんの顔が上のほうに見える。
 ちゃんと地に足をついて立つその姿は、瞳孔の形が違う紫水晶の眼さえなければ本当に人となんら変わりはないとすら思えるのに。
「残った僅かな力で、細胞をひとつひとつ置き換えていくのには時間がかかる。元気なときとは比べ物にならないほどな。嬢ちゃんはそれでいいんだ。全部置き換えきるまで、生物としての時間は然程進まない。だけど」
 じっと、こちらを見た。人間以外の世界を生きる人が。
「お前さんは、嬢ちゃんが生き返る瞬間には立ち会えない。このペースだと多分、百年近くはかかるだろうな」
 驚く声が、出なかった。咽喉に詰まったように。
「人間の寿命は短い。嬢ちゃんが目覚めるときには、嬢ちゃんを知ってる人間は、もう誰もいない」
 百年。フィズが目覚めるまでに掛かる時間。それがどんなものなのかを、僕は想像することすらできない。今まで生きてきた時間ですら短いとは思わないのに、その六倍近く。
 それだけの時間を過ごして、目覚めるときはたったひとり。ばーちゃんもじーちゃんも妹たちもイスクさんも、僕も、もういない。生まれてくるイスクさんの子どもすら、多分、そのころにはもう亡くなっているんだろう。
 きっと世界も変わっている。ばーちゃんたちから聞く数十年前の世界すら、僕らには想像もつかないのに、百年後の未来なんて。
「先に言っておくが、寿命を延ばしてくださいって願いはなしだからな」
「……わかってます」
 原理的に無理だ。寿命を代価に差し出して寿命を延ばしてもらうなんて。誰かの寿命を誰かに渡して長生きさせるとかならできるのだろうけれど、元手を元手以上に増やすことはできない。むしろ、やりとりされる回数が増えれば増えるほど、無駄に減っていくはずだ。
「ついでに嬢ちゃんの目覚めを速めるのも無理だ。嬢ちゃんには魔法はほとんど効かないからね。異常に効率が悪くなる。嬢ちゃんの目覚めを十年短縮するのに、お前さんの寿命が同じだけかかるよ」
 それなら、命と引き換えにフィズを蘇生させてもらうのとなんら変わらない。その選択肢は、とれない。
 ただ、僕はフィズと同じ時間を生きたいだけなのに。
 同じ、時間を。
「それなら」
 ひとつだけ、思いついたことがあった。これならいけるかもしれない。フィズと同じ時間を生きることが。
 どれぐらいの生命力が必要かはわからないけれど、せいぜい十年ぐらいで済むんじゃないかと思う。相場がどれほどのものか、魔法に未だ疎い僕には正確に予想をすることはできないけれども。それぐらいなら、払える。
 だけど、この選択は、それ以外のすべてが引き換えだ。そしてそれはもう、取り戻すことはできない。
「フィズが目覚めるまで、僕の時間を止めることは可能ですか?」
 多分、これは可能なんじゃないかと思う。肉体的な時間だけなら、じーちゃんも止めている。じーちゃんの場合はそれ以外の時間は動いていて、寿命も普通に削られていっているけれど。
「今の僕の状態をそのままで、寿命もそのまま……必要な分をファルエラさんに渡した残りのままで、フィズが目覚めるまで僕も眠らせて欲しいんです」
 これができるなら、フィズと同じ時間を生きることは可能なはずだ。それ以外の手立ては、もう思いつかない。本当はあるのかもしれないけれど、僕の頭ではこれが限界だ。
「……可能だよ」
 そう言うファルエラさんは、少し驚いたように目を丸くして、それから、僕をじっと見つめた。
「それぐらいなら大して力も要らん。なんだったらボランティアでやってやってもいいよ。あたしの長話に付き合ってくれた礼にねェ」
 でも、と言葉を繋いだ。続く内容は、予想できていた。わかってる。僕自身、愚かだと気付いてる。
 僕は多分、相当の馬鹿だ。わかってた、あの冬の終わりの日からずっと。
 大切なものはいくつもある。幸せであってほしい人も、たくさんいる。だけど、絶対に手を離せないものは、僕にとってはたったひとつだけ。
「お前さんが目覚めたとき、嬢ちゃん以外にはもうお前さんを知っている人は誰もいない。世界も、変わってるだろう。嬢ちゃん以外のすべてを、お前さんは失うんだ。……それでも、いいのかい?」
 わかってた。それを聞かれることぐらい。
 百年という、大体の人の一生よりももっと長い時間。人間は入れ替わり、町並みは変貌し、社会も変わっているだろう。目覚める場所は見知らぬ世界で、見知った人は誰もいない中、新しい社会制度の中で生きていかなくてはならない。
 大切な人たちとは、一度眠りについたらもう二度と会えない。僕らが目覚めるのはみんながこの世界からいなくなった後になる。
 今までの十六年間とは、まったく違う世界。知っているものは、自分自身と、フィズだけ。持っていく物は、僕ら自身と、思い出だけ。
 それで、十分だ。
「お願いします」