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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 かなり荷物を減らしたけれど、それでもその鞄を背負って、フィズも負ぶって歩くのは無理だ。そんなに大きくない木箱をもらって工具を借り、車輪と持ち手をつけた。ここに荷物を入れれば、だいぶ楽になる。なんでもできるけど不器用なフィズとは逆で、工作は子供の頃から得意だった。旅立ちの準備は一日で終わった。
 次の朝、眠ったままのフィズを背負って、僕は数日お世話になった宿をあとにした。首都側からの道路が未だ寸断されていて、大型の馬車などが通れないため、当分は自力で歩かなければならない。かなり休み休み歩くことになるだろうと思っていたけれど、気候が悪くないこともあって思いのほか歩けた。背負ったフィズは、予想以上にずっと軽かった。この日、フィズは一度も目を覚まさなかった。栄養剤をすり潰して、間違って肺に流れ込まないように気をつけながら水と共に飲ませた。本当に、日ごと衰弱していく、老人のようで。
 老人のよう。老衰。その言葉が、頭から離れない。そんなわけない。フィズはまだ十九歳だ。仮に、いろんな生物の血が混ざっていることで寿命の短縮があったとして、そうであるならもっと早い成長や、体力面以外での老化も見られるはずだ。魔族や精霊の基準は知らないが、少なくとも現在のフィズはどう見ても二十歳前後の容姿を保っているし、成長の速度だって人間と同じだ。だとすれば、寿命も人間と同じぐらいと考えて差し支えないだろう。人間と精霊は生命力で寿命を測り、魔人と魔族は魔力で生命を保つという違いはあっても。
 そこまで思考が回って、ふと気が付いた。イスクさんの講義とじーちゃんの話が頭を過った。
 あれだけの、或いは、純血ならばフィズよりもとんでもない威力を持っているのかもしれない魔法を操る魔族が長期戦になったら勝てない理由。人口が少なくて寿命が短いからだけじゃない。精霊や魔人もそうだけれど、彼らが魔法と呼ばれる現象を起こすには、自分の命を支えるエネルギーを消費する。寿命が長い魔人や精霊ならばその影響は微々たるものだけれど、寿命が短く、それでいて出力の大きな魔族では、高度な魔法を連発することは直接命を縮めることに繋がる。一発一発の威力がたとえ魔人のそれを上回ったとしても、寿命を縮めてまで放つような魔法が果たして実用的といえるかどうか。
 そしておそらくそれは、フィズにとっても同じことなのだろう。違うのは、普段は魔力の消費量が大したことがないこと、それに、人間の血を引いているおかげで、魔力は回復可能なこと。僕はフィズと違って人の生命力を見ることはできないので確かなことはいえないけれど、フィズの命は普段は生命力で維持されているのではないだろうか。精霊を祖母に持つフィズの生命力の総量は、多分普通の人間よりも多いはずだ。普通に生きるのであれば、魔力で命を支えるよりも、生命力で支えるほうが長生きできるだろう。多分今の状況は、フィズが魔族に近づいたまま戻れなくなっていることにその原因があるはずだ。
 間違いなく、確かにフィズは今、老衰に近い状態にある。魔族に身体を近づけたことで命を魔力で支えている状態で、八人もの死者を蘇生させたことで大量に魔力を消費したのだろう。フィズが僕を蘇生させたとき、払った代償はフィズの十九歳以降の寿命すべてだった。契約して魔法を行使する場合、一切に必要なエネルギーに加えて相手への「お礼」を上積みして渡すものだとイスクさんは教えてくれたけれど、お礼分を差し引いたとしても、一体死者を蘇生させるのにはどれだけの魔力が必要だったのだろう。
 そして、この体質になっているからこそ大きな出力で魔法を使える代わりに、魔力が休んでも回復しなくなっている。その結果、多分、フィズの魔力は今ほとんど枯渇状態にあるのではないか。だとすれば、早く元の身体に戻らないと、フィズの命は、やがて、尽き果てる。
 僕は、その場に立ち尽くして、動けなかった。今までは状況が把握できないことが怖かった。日に日に弱っていくフィズの衰弱の理由がわからないことが怖かった。ただただ、不安だった。フィズが、このまま弱って、死んでしまうんじゃないかと。
 状況が把握できた。不安は、恐怖に変わった。フィズをなくしてしまう恐怖。それはもう不安や予感じゃない。このままだと遠からず訪れることになる、確実なその日。
「なんで……」
 なんでフィズばかり、そんな目に遭わなきゃいけないんだよ。
 今まで散々苦しんで、もがいて迷って、やっと、自分を肯定してくれたのに。なんで、こんなことになるんだよ。
 フィズがいなくなる。このまま、眠って目を覚まさなくなる。そんなの、嫌だ。絶対に嫌だ。僕は、フィズがいてくれなければ、僕でいられないのに。フィズを失うなんて、絶対に嫌だ。
 どうすれば、いいんだ。どうしたら、フィズは死なないで済む。身体を魔族に近い状態からいつもの混血の状態に戻せれば、多分フィズは助かる。だけど、それはどうすればできるんだろう。そんなもの、多分どこの医学書を漁っても出てこないだろう。これでも読書量は多いほうのはずだけれど、人間以外の存在とのハイブリッドの身体に関する記述なんて見たことがない。魔法の専門書なら載っているだろうか。
 誰なら、わかるだろうか。イスクさんの顔が浮かんだけれど、あの人には頼れない。軍が僕らを人員を裂いて追いかけるのをやめたとはいえ、監視下にあるはずのイスクさんの家にのこのこ現れようものなら捕らえられる可能性もある。フィズがこの状態で、僕が軍人と喧嘩をして勝てるわけもなく、そこまで大事になってしまえば、イスクさんとばーちゃんにも迷惑どころの騒ぎではなくなる。
 次に浮かんだのは、ファルエラさんだった。死んだ人を蘇生させるのならば、多分僕の命全てで贖うことになる。それはできない。そんなことをしたら、フィズは絶対に、僕を許してはくれないだろう。それに寿命を使い切って死んだ人はもう蘇生できないと、フィズは言っていた。今僕の想像通り、フィズが老衰で命を終えようとしているのなら、ファルエラさんでも蘇生できない。だけど、生きている人の体調を少し調整するぐらいなら、なんとかなるのではないか。そこまでの代償は要求されないんじゃないだろうか。あるいは、フィズ自身で元の身体に戻れるような方法を、あの人なら知っているかもしれない。それを聞くぐらいなら、まさか残りの寿命すべてを差し出す必要はないだろう。
 僕は、止まっていた足を再び動かした。できるだけ早く。手遅れにならないうちに。
 うちに、帰るんだ。フィズもそれを望んでいる。家に帰れば、フィズの蔵書の中に魔法の専門書も医学書もある。ファルエラさんの召喚を行った回路も、僕の部屋にあるはずだ。略奪にあっていなければ、だけれど。何もしないでこんなところで、ただフィズの命が尽きるのを待っているわけにはいかない。
 僕は出来る限り急いだ。夜も限界まで歩いて、夜明けと共に出立した。少しでも早く、フィズをうちに連れて帰らなくては。