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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 驚くことがあるとすればそれをしたのがフィズだということ。高位の魔人が、人間の寿命を数十年分要求してやっと叶えてくれる奇跡。そんな現実離れした奇跡を、ずっと僕と日常を共有してきた人が、成し遂げたということ。
 フィズが凄いことは、子供の頃から知っていた。大人の集団と争いになっても、まず負けたことはなかった。だけど、それでも、常にフィズがいる限り、僕にとってその時間は普通の日常だったんだ。
 だから、もしかしたらこの時間も、いつか僕はごく普通の日常の中の一瞬として思い出す時が来るのかもしれないと、そう思った。どんな姿になっていても、どんなに凄いことを成し遂げても、ここにいるのが僕の良く知ったフィズであることに、変わりはないんだ。
 僕に体重を預けたまましばらく呼吸を整えていたフィズは、やがて背筋を伸ばして、よし、と一声発した。
「ありがと、サザ。……あと、六人。やってみるよ」
「うん、無理だけ、しないで」
「ん」
 いつものように短く答えて、フィズはそのそばに倒れている人へと向き合った。
 その姿は、いつもの、重篤な患者に真剣に向き合うフィズの様子と、なんら変わりなかった。




 持ち前の飲み込みの良さのためか、ひとり、ひとりと蘇生させていくたびにフィズの手際は格段に良くなっていった。
 けれど、たったひとりでもあれだけ疲れていたのに、八人。全員を蘇生させて、事態が飲み込めていない彼らを新橋に誘導し終わる頃には、ほとんど病人のようにぐったりとしていた。それでも、シフト氏のこともなんとかできるかもしれないと言い出して、昨日、彼を埋葬したところまでは歩いていった。
 往路とは違って、今度はフィズの体調に合わせて、ゆっくりと進む。一応例の栄養剤も飲んだけれど、あまり効果はないようだった。それでも、負ぶろうかと提案すると、大丈夫だから、歩けるからと言い張った。
 シフト氏の墓に近いあたりは、昨日フィズが空けた大穴を塞ぎにきた土木作業を生業としている人たちで賑わっていた。その手前では何台かの馬車が足止めを食っていて、申し訳のない思いを抱えつつも、まさか僕らが犯人ですと名乗りでるわけにもいかないし、言っても多分信じてもらえないような気がした。普段のフィズならいざ知らず、今の病人のような姿を見て、誰がつい昨日までこれだけの派手な魔法をぶちかましていたと思うだろう。まるで長年病みついている人のようにぐったりとしたフィズからは、そんな覇気は感じられない。それでも、眼だけはいつもと同じようにしっかりとしていた。
 街道をすっと外れて、森の中に入る。一応街道からは見えないぐらいの場所に、昨日僕らが作った簡素な墓はちゃんと立っていた。フィズが切り株にもたれて休んでいるうちに、僕は遺体を掘り起こす。昨日は僕も心身ともに疲れ果てていてそんなに深くは掘れなかったことが今は幸いした。すぐに、まるで眠っているかのようなシフト氏の遺体が姿を現した。気温が低かったせいか、まだ腐敗は進んでいないようだった。
「……あれ?」
 柘榴石の双眸でシフト氏を見たフィズの第一声は、不可解そうなそんな声音だった。
「どうかした?」
「んー……」
 上から、横から、様々な角度でシフト氏を見て回って、そして、小さく首を振った。
「おかしいな。もう、抜け殻になっちゃってる」
「それって」
 蘇生は、無理ってことなのか。そんなに早く、身体に残っていた生命力は霧散してしまうものなのだろうか。先程の私兵たちとシフト氏の死亡時刻は、然程違わないはずなのに。
「もう、生き返せない。だって生命力がまったく残ってないんだもの。……早すぎるよ、おかしい。普通、二、三日はなんとなく体の回りに残ってるのに」
「…………」
 僕はシフト氏を見つめた。年齢は、多分四十代後半から、五十代前半。インフェさんの恋人だったというのだから、大体これぐらいの年齢で間違いはないだろう。軍人という仕事柄、それなりに鍛えていたせいか、体つきは年よりも若く見えたけれど、顔には多数の皺があった。それでも、まさか寿命が残り僅かだったということはないだろう。
「サザ」
「何?」
 フィズは言葉を続けずに、暫く思案するような表情を見せて、それから、小さく、うん、と呟いた。
「やっぱなんでもない」
「は?」
「いいの。なんでもないったらない」
 そして、フィズは僕を見ないで、小声で口にした。
「謝ったら、あんたに対してすごい失礼になるじゃない。だから、やめた」
 その言葉が、フィズの口から出てきたことに、僕は凄く驚いたし、同時に、嬉しかった。じわじわと、なんともいえない喜びが、胸を満たした。
 やっと、本当の意味で伝わった気がしたんだ。僕がずっとフィズに言っていたことの意味が。謝らないでほしいということも、なんでもかんでも自分を責めないでほしいということも。それから、フィズと一緒に生きていたいという、覚悟の意味も。
 伝えたい思いをどれだけ言葉にしても、言葉に乗せることができるのはほんの僅か。言葉はいくらでも誤魔化しが利くから、信じることだってすごく難しい。だけど、だからこそ、伝えたいんだ。
「……そんなに嬉しい?」
「え?」
「思いっきり、顔に出てる。……こっちが恥ずかしいよ、まったく。こんなに頬っぺた緩んだあんたの顔、見たことないわよ」
 そして、冷たい手で僕の頬に触れて、少し照れくさそうに笑って。気恥ずかしくなったのか、すぐにぷいと顔を逸らしてしまった。こんなに冷たい手なのに、離れてしまったほうが寒い気がして、名残惜しかったけれど。
「それにしても、なんでこんなに早く空っぽになっちゃってるんだろ。まさか土に埋めたから回りに吸収されたってことないよね」
「そういうものなのか?」
「うーん、そんなことないと思うんだけどなあ。一度埋めた死体を掘り起こしたことなんてないから、わからないけど」
 そういう、生命力の性質の話になると、僕は全然わからない。概念的にきちんと勉強したこともほとんどなければ、フィズのように自然にそれを目にすることもできないのだし。だから、もしその原因が生命力の性質に由来するものならば、僕には予想の立てようすらない。イスクさんのような魔法工学のプロならば、或いはわかるのかもしれないけれど、魔法に関しては理論面も含めてフィズは万事に通じている。そのフィズですら首を捻っているような状況なのだから、イスクさんでも解明には時間を要するかもしれない。
 だけど、もしかして。本当に、単なる想像でしかないけれど。そして、フィズには言うことができないのだけれど。これは、シフト氏自身が望んだことなんじゃないかとふと思ったのだ。
 死にたいと願っていたなんて、考えるつもりはない。たとえシフト氏がどう考えていたとしても、それによって僕のしたことの意味合いが変わることはない。僕は、僕の願いを叶えるためにシフト氏の命を奪った。それだけが、事実だ。
 だけど、シフト氏は蘇生されることは望んでいなかったんじゃないか、そんな風に思えたのだ。だから亡くなって直ぐに、その残った生命を、霧散させてしまったのではないかと。