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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 これは事実。全力を出したフィズに、普通の人間が勝てるはずはない。勝機があるとすれば、この人の本当の過去を、フィズが知ってしまったときぐらいのもの。
 だけど、フィズを負かすことはできる。その方法は、今此処で僕を殺すこと。正直これは、誰一人得をしないと思う。僕は死にたくないし、恐らくフィズは絶望するだろうし、その姿を見たシフト氏は溜飲を下げるだろうけれど、怒りに駆られたフィズの手で、恐らくは死に至らしめられる。そして、きっとフィズはシフト氏をその手で殺したことで、ますます絶望するのだ。それだけは、避けなくては。
 できるなら、シフト氏のことだって僕は救いたい。そうしない限りこの人はフィズを追い続けるだろうし、それに世の中に不幸になって欲しいと思う人なんていないから。だけど、どうすればこの人が救われるのかなんて、僕にはわからない。たとえフィズを殺したところでこの人の絶望は晴れはしないのだし、インフェさんが戻ってくることもない。そして僕にフィズを諦めるという選択肢は、ないのだ。
 そこまで思考を巡らせたところで、ふと思った。この人と僕は、少しだけ似ているのではないかと。
 諦めるという選択肢を、多分僕らは持てないのだ。自分にとって一番大切なものがなんなのかが、見えすぎているほどに見えているから。他のものと迷うことすら、できないから。
 たまたまシフト氏は、そのなによりも大事なものを目の前で奪われた。
 たまたま僕の大切なものは、今もまだ此処にある。
 もしかしたら僕らの差は、それだけのことなのかもしれない。僕がこの人と同じ状況に置かれたとして、気がふれないでいられる自信は、正直なかった。
「あなたは……何を、望むんですか」
 だから、この人の姿を見ていられないのか。なんとかして救える手立てはないのかと考えてしまうのか。
 もしもこの人を救う手立てがあるのなら、どれだけの労でも惜しまずに協力するだろう。その方法が、僕やフィズを傷つけること以外なら。
 もう、僕の口から言葉は出てこなかった。言うべきことなんて、僕の中にはなにもなかった。僕がそんなに簡単に答えを出せるなら、この人は此処まで堕ちてないはずだから。
「あの娘を、殺したい。それだけだよ」
 手ががたがたと震えた。雨と服にすっかり滲み込んで身体を冷やす泥水のせいではなかった。それでも、銃だけは手放さなかった。金属で出来たその冷たさが、妙に指に堪えた。
「あなたは本当に、それがいいんですか」
 また銃声。今回は転ぶことなく避けた。もう一発。これもしゃがんでかわす。発砲のペースが上がってきている。シフト氏の持っている銃がどれだけのペースで撃てるものなのか、何発込められているのか、それがわかれば少しは安心できるのだろうか。
「違うでしょう! あなたが、本当に望むのは……、インフェさんの」
 その名前を口にしていいのか、迷った。どちらが、この人にとって苦しいんだろう。真実を受け入れることと、自ら作り上げた虚構の中で生きることと。
 僕だったら、どっちがいい。そう考えて、答えは出なかった。言葉は、銃声に掻き消された。
 また撃った。音と同時に身体の重心がぐらついて、右足がずきりと悲鳴を上げた。弾はそれた。だけど、立ち上がれない。痛い。先刻転げた時に痛めた右足が、動いてくれない。背中からどんどん冷たい水が滲みこんで、その冷たさが痛覚を麻痺させていった。だけど痛みが和らいだところで、動かないことに変わりはない。一気に血の気が引いた。頭がくらくらする。そんな場合じゃないのに。
 地面の傾斜を転がった勢いを利用して左足で立とうとしたけれど、無理だった。右足が身体を支えることすらできない。がたんと一段、段差になっているところを更に落ちて、多分これで完全に右足がダメになった。あとでフィズに治してもらいたいけれど、来てくれるまで、持つだろうか。段差の隙間に嵌りこんだので、今のシフト氏の位置から僕を撃つ事はできなくなったけれど、動けない以上いずれ追いつかれる。そうなったら、終わりか。
 あの不自由な歩き方で、此処まで来るのにどれだけかかる? 向こうから僕が見えないように、僕からもシフト氏の姿をとらえることはできない。雨音に遮られて足音が聞こえない。自分の心臓の音がやたらと耳についてうるさいことこの上ないのだけれど、これが聞こえなくなる時は、僕が終わる時。
 まずい。どうしよう。死にたくない。なにができる。どうすればいい?
 手に持っているのは銃と、腰から下げた袋に痛み止めと発火用の回路、それに魔法鉱石がいくつか。花火の無駄撃ちを後悔した。今こそ、あれがあれば役に立ちそうだったのに。足の痛みなんかもうない。感覚自体が吹っ飛んでいるんだから。火を起こしたところで、この雨で濡れた枝や枯れ草は燃えてなんてくれない。
 雨音がうるさい。心臓の音が邪魔だ。思考が回らない。どうしよう。どうすればいい。
 時間だけがただただ経過しているはずだけれど、転げ落ちてから何秒経ったのかすらわからない。どうしよう、どうしたい? 一瞬、思考が清明になった気がした。
 手段をとりあえず置いておけ。僕は何を望むんだ。できなさそうなことでもいい。ただ、僕が願うことを明らかにしろ。それが決まらないことにはなにもできない。今の状況を招いたのも、目的の不明瞭さが要因のひとつだ。どうするか、決められなかったから。
 僕の願うこと。最大の目的は、フィズと共に生きること。フィズが苦しまないでいられるようにすること。その次に、散り散りになってしまった家族と再会すること。それから、できるなら、シフト氏のことも救いたい。
 フィズは絶対に死なせないし、僕だって死ねない。それから、フィズにシフト氏を殺させるようなこともできない。そんなことをさせてしまったら、フィズがどれだけ傷つくか。八年前の事件のことをずっと引きずり続けていることを考えれば、すぐにわかる。皆と会うためには、今できることはとにかく生き残ることだから、このための手段は最初の目的と重複するので大丈夫。問題は、一番最後。これだけ、解決法が見出せない。そして、頭は三つの目的を一番効率よく、かつ確実に果たすための一番端的な方法を提示する。
 だけど、それだけは嫌だ。残っている銃弾は四つ。それを成し遂げてしまうには恐らく十分過ぎる数。手の震えが止まらない。ざあざあと降り止まない雨に手の感覚すら奪われていく。
 不意に、雨音に混じって遠くから、聞き慣れた声が聞こえた。フィズが僕を呼ぶ、切羽詰った声。そして雨音の中ですら聞こえるほどに近くから、不自然なテンポの足音。
 段差の上から、影が差した。銃口が僕に向けられた。シフト氏が、笑っている。フィズの叫び声が近づく。シフト氏の左手の指が動くのが妙にゆっくりと見えて、心を置き去りにして頭が勝手に身体を動かした。ああ、違うか。僕の心だって、痛いけど、痛いけど頭と同じことを要求していた。
 僕は、フィズと生きたい。
 ただ、生きていたかったから。はっきりと思考した覚えすらないまま、僕の人差し指は、引き金を、確かに引いた。僕はその答えを選んだ。僕自身の手で。
「ご め ん な さ い」
 僕自身の声が、ゆっくりと聞こえた。