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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(3)

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 どうして、こうなんだろうな。
 自分でもわからない。
 いつからだろう。もしかしたら、初めてフィズと出会ったときからなのかもしれないとか、そんな柄にもなくロマンチストなことを考えてしまうぐらい、理由なんてわからないまま、ただひたすら、僕はフィズに惹かれる。フィズを求める。
 フィズの居ない僕の生になんか、意味のひとつさえ見つけられないぐらいに。
「うまく、言えないけど」
 言葉でなんか、表せれない。だけど、僕はこの思いの形を、大きさを、確実にわかっている。
「……うん、やっぱり上手く言えない」
「なんだよ、それ」
 じーちゃんが笑った。少しだけ、楽しそうに。
「ま、わからないでもないけどねえ。特にサザは、ずっとフィズラクの弟でいたんだし、だけど今は、それだけじゃないもんなぁ」
 僕は頷いた。じーちゃんが僕の顔を見ていると、自分の心の中を覗かれているようで、どきりとする。
 今、やっとわかった。僕がじーちゃんに嘘や隠し事ができない理由が。勿論、本当に見抜かれてるんじゃないかと思うことがあまりにも多いというのも大きな要因だけれど。
 意識してみれば、フィズの目とじーちゃんの目は形が良く似ていた。勿論色は違うけれども。
 だからだったのかもしれない。僕はずっと、フィズに嘘や隠し事ができなかったから。
 フィズにあの目でじっと見詰められて問いただされれば、いつも本当のことをつい口にせずにはいられなかったから。
「いいか、サザ。お前たち四人は、……イスクちゃんも入れたら五人か。若いものの役目は、その前の世代の連中よりも先へ行くことなんだ。その為に、前の世代の経験は踏み台にして全然構わない。だから、俺と同じ失敗をするな。大事なものから、絶対に手を離すな。どんな形でもいいから、フィズラクの傍にいてやってほしい。スゥファとレミゥちゃんは、国境を越えた先で寮のある学校にでも入れて、俺が生きているうちになんとか生活基盤を整えて、ちゃんと生きていけるようにするから、お前たちはふたりの力で、生きていってくれ。もうふたりとも成人なんだ。できるだろ?」
「できる、と思うけど。でも」
「サザにしか、フィズラクは頼めない。お前と一緒なら、フィズラクは大丈夫だと、俺は信じるよ。だから……お願いだ。俺のことは、フィズラクには知らせないで」
 嫌だ、とは言えなかった。
 じーちゃんが積み重ねてきた歳月。その間に繰り返しただろう後悔。喪ってきたものの大きさ。それがどれほどのものなのか、なにひとつなくしたことのない僕には、想像できるものではなかった。
「それから。もうひとつ年寄りのアドバイスがあるんだ」
 拒否も承諾もしない僕に回答を促すこともなく、じーちゃんは続けた。
「何かが起きたとき、絶対に責任を探すな。誰のせいにもするな。自分のせいにもだ。いいな」
 今までで一番、重たい声音だった。無意識に背筋を伸ばしている自分に気付く。
 責任を探さない。誰のせいにもしない。自分のせいにも。
「誰かのせいにすると、その人を恨む。自分のせいにすると、後悔で動けなくなる。俺は、俺たちはそうやって泥沼にはまり込んだんだよ。そのことに気付いたのは、本当に、ここ数年のことだ。もっと早く気付いていれば、違った今があったと思う。原因は、探して良いんだ。それで次に同じ事をしなければいいだけだよ。だけど、責任だけは探すな。絶対に」
 俺たち。そう、じーちゃんは言った。
 多分、じーちゃんと、インフェさんと、シフト少将のこと。
 リーフェさん失踪の責任を感じて、そしてインフェさんとのことも悔やんでいたじーちゃん。
 自分の誕生と共に母親がいなくなったことから、リーフェさんがいなくなったのは自分のせいだと思いこんでいたインフェさん。
 自分が意思を貫いてインフェさんの傍にい続けたなら、インフェさんが悲惨な運命を辿ることはなかったと苦しんだシフト少将。
 そのすべての結果が、この現在。
「じーちゃん」
 その結果として、僕は今此処にいる。
 みんなの絶望と苦しみの果てに生まれたフィズに、死の淵から腕を引っ張り上げられて。
 だから僕は、この現在を否定できない。僕も、フィズも、みんなの選択の結果、此処に生きているから。そして、そのフィズを、何より大切に思うから。
 僕らの行動や思いの形で、多分容易く未来は変わる。それが良いのか悪いのかなんて、人によって違うし、誰にもわからない。それは受け止める人にとっての結果でしかない。
 だから、じーちゃんがこの現在を悔やんでいるのだとしたら、僕は少し辛いのだけれど。
「大丈夫。僕はフィズに、悲しい思いなんてさせないから」
 じーちゃんの現在と、僕の現在は同じじゃない。だから、僕は僕の現在と未来を、守るだけだ。
「どういう形かはわからないけど、必ず」
 どの行動がどんな未来に繋がるかなんて、わかるはずもない。
 だから、絶対に譲れないことをひとつだけ決めて、僕はそれを守る。
「お前もだよ、サザ」
 じーちゃんが言った。
「フィズラクだけじゃなくて、お前も、悲しい思いはしないでくれ。……本当に、お前たちが幸せに生きてくれることが、俺に残された最後の願いなんだから」
 わかってる。だから、じーちゃんは帰ってきたんだろう。
 一人ぼっちで過ごした、五十年近い長い長い旅の終わりを、僕たちと過ごすために。
 ずっと追い続けた、じーちゃんの人生で一番大きな願いを、諦めて。
「大丈夫だよ」
 だからせめて。
「フィズが幸せでいてくれれば、僕は、幸せだから」
 じーちゃんの、もうひとつのささやかな願いぐらいは、叶える。
 複雑な思いは、ないわけではないんだろう。だけど、じーちゃんが僕らを孫同然に大事にしてくれたことは、本心からなのだと思いたいから。
「お前、結構言うようになったねえ」
 笑った。多分、心から笑ってくれた。
「そこまでさらっと惚気られる奴は、そうそういないよ。よっぽど、好きなんだねえ」
「………うん」
 好きなんて言葉じゃ、軽過ぎるぐらいに。
「そうか。サザ、お前は将来絶対いい男になるよ」
「は?」
 思わず、僕は間の抜けた声を出していた。じーちゃんは笑った。
 僕の一番大切な人と良く似た笑顔で、笑った。
「自分の一番大切なものがなんなのかがわかってる男が、一番格好良いんだよ」
 少なくとも俺はそう思う、と、そうじーちゃんは言って。
「幸せに、なってくれよ」
「うん」
 じーちゃんとこんなにちゃんと話すのは、もしかしたらこれが最後。
 だから、眠くなるまで、いろいろな話を取り止めもなく続けた。
 じーちゃんが見てきた、遠い国の話を。
 今まで出会ってきたたくさんの人たちの物語を。
 僕がまだ知らない、世界のことを。
 小さな頃に戻ったみたいに、眠くなるまで、僕はじーちゃんの話に耳を傾けた。
 子どもの頃、僕とフィズは、じーちゃんが戻ってくるのが楽しみだった。
 ただただ、みんな笑って生きてると思っていた頃。この世界にある悲しいことなんて、ひとつも知らなかった頃。