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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(3)

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「……お前じゃないと、無理なんだよ。フィズラクを連れ戻せたお前なら、わかるはずだよ。それに、俺はそう長くはお前たちのそばにはいてやれない。この間言ったことと矛盾してる気がするけど、早くお前たちだけで生きていけるようになってもらわないと、困るんだよ。俺だって年だし、来年死んだっておかしくないんだ」
「そんなこと言わないで長生きしてよ、じーちゃん」
 年寄りなら誰でもそんなことを言う。そういうつもりで、そう返したのに。
 返ってきた言葉は、予想すらしていなかったもので。
「俺は、正直この年まで生きてこれるとは思わなかったしねえ。本当なら俺、普通の人より十年は早く死ぬはずだったんだから」
「え?」
 どうして。病気があるようには見えないのに。
「病気じゃないからお前にも、フィズラクにも、カラクラにも治せないよ。少なくとも、今現在の俺はこの上ないほど健康だよ」
 じーちゃんは笑いながら答えた。勿論、楽しそうな笑顔ではなかった。どちらかというと、自虐的な、とか、そんなような形容のつきそうな、寂しそうな笑顔。
「実は俺、魔人と契約したことがあってな」
 僕は多分、目を丸くしていたと思う。それがさして珍しいことではないのだろうということは、あの一件のときに知ってはいたけれど。結局あの時はどういうわけか寿命の件はなかったことにされていたので、実際に寿命を差し出した人を見るのは、多分これが初めてだったからだ。
「どうして」
 その短い問いを発するのが精一杯だ。じーちゃんほどの技術があれば、だいたいのことは精霊との契約でなんとかできてしまうはずだ。
 じーちゃんにできないこと。十年分の命を削ってまで、叶えたかった願い。それは、なんだったのだろう。
「俺の身体を若いままに保ってくれって。俺と違う時間の流れで生きるリーフェと再会できたとき、リーフェが俺だってすぐにわかるようにって。俺は今七十五だから、寿命の消費具合でいえば八十五歳。普通でも九十まで生きることは滅多にないから、いつ死んでもおかしくはないんだよ。この歳まで生きてこられたのだって、奇跡みたいなもんだと思ってる」
 僕は、驚く以上に妙に納得している自分に気づいていた。
 じーちゃんは自分の若さを魔法で維持しているとは言っていた。けれど、本当の動機は、今まで話してくれたものとはまったく別だった。
 いなくなってしまった奥さん、リーフェさんへの思慕。それは、自分の時間を十年捨てても惜しくないほどの思い。
 人生の半分以上を、彼女と再び出会うための旅に費やせるほどの。
「本当は、死ぬまでリーフェを探し続けて何処かで野垂れ死ぬつもりだったよ。だけど、残りの命が僅かなんだってふと思った時、帰りたくなったのは此処だった。今まで散々カラクラたちに迷惑をかけておいて、勝手な話だけどねえ。……リーフェはもういない。多分、会えない。わかってるよ」
「どうして」
 リーフェさんは精霊だと聞いている。寿命だって人間よりも遥かに長いはずだ。しかし、じーちゃんは首を横に振った。
「俺の昔話だ。聞いてくれるか?」
 僕は、考えるまでもなく頷いた。
 僕の知らない、じーちゃんの過去の話。その一部は、この間聞いたけれど。
「ありがとう。この話は、孫たちの中では、お前しか知らない話だ。だけど、知っていて欲しいんだよ。サザに同じ失敗をさせないためにも」
 そう言って、じーちゃんは話し始めた。淡々と、淡々と。
 意図して感情を含ませていないようにも聞こえる、そんな声音で。出来事をひとつひとつ、ただの出来事として連ねていくかのように。
「最初はただ、姿を隠しただけかもしれないと思っていた。契約のとき以外は、普通精霊の姿は人間には見えないから。だから懸命に探し続ければ、いつか、俺の気持ちをわかって姿を見せてくれるんじゃないかって何処かで期待してたよ。だけど、そうじゃないってもう二十年も前にわかってる。もしリーフェが生きていて、俺たちの近くにいてくれるんなら、娘はあんな目に遭わないで済んだはずだ」
 じーちゃんは続ける。昔の話を。僕たちの知らない話を。
 僕は遮らない。ただ、聞くだけ。僕がこれから知ることになる物語を。
 僕たちが繰り返してはならない、その過去を。
「インフェって言うんだ、俺たちの娘は。リーフェに良く似て、別嬪で、とびきり賢くて、なんでもできて。俺なんかには勿体無い娘だったよ。本当に、俺なんかの娘に生まれなければ、もっと幸せになれたはずだったのに。
 インフェが小さい頃、俺はリーフェを探して旅を続けていて、長旅に小さな子どもをつきあわせられないからって言い訳してな、ずっとカラクラに預けっぱなしだった。でも、それは建前。俺はインフェと顔を合わせるのが、怖かったんだよ。リーフェにそっくりなあの子を見ていると、俺の不甲斐なさが突きつけられるようで。俺がもっとしっかりしていたら、あの子は母親の顔を知らない子にならなくて済んだのにとか、どうして直ぐに追いかけなかったんだろうとか、……それで、追い詰められてしまったんだ。インフェに罪なんてないのに。
 あの子のことは全部カラクラに任せて、俺はほとんどこの街に帰ってこなかった。インフェと顔を合わすのも、年に数回、酷い時には二年も会わないこともあった。そうしているうちに、大きくなってきたインフェとの距離の取り方が、わからなくなった。会っても、まともに会話なんてできなかった。あの子が死んでからカラクラに聞いたんだが、あの子は、母親がいなくなったのは自分が生まれたせいだと思い込んでいたらしい。自分が良い子にしていれば、お母さんは帰ってきて、お父さんも旅をしなくてもいいのか、と、聞いたことがあったそうだ。…俺のせいだよ。すっかり遠慮がちになってしまったインフェは、できる限り早く自活したいと言って、十四で軍に入った。そのことも、俺は一年以上知らなかった。
 俺が帰ってきたとき、インフェは軍の魔法科学研究所――今イスクちゃんが所属している研究所の前身なんだが、そこに所属していた。あの子は頭がとびきり良かったからねえ、直ぐに、頭角を現してあっという間に部屋持ち研究者の身分になった。例の魔法鉱石の合成法を開発したのも、あの子なんだよ。
 それだけなら、良かったんだ。
 あの子は、俺から契約魔法の才能を、受け継いでしまった。その上、小さい頃から魔法の練習には凄く熱心だったらしくてな、軍の中でも精鋭部隊クラスの実力があったらしい。後で聞いて後悔したよ。あの子が魔法に熱心に取り組んだ理由は、俺が凄腕の魔法使いだと、周りの大人に聞かされたせいだったらしいんだ。
 戦局が悪化してくると、あの子も戦場に駆り出された。前線でも、中々派手な戦歴を重ねていったらしい。そこで、あのシフトとかいう男と出会って、付き合っていたみたいだ。これも、全部後から知ったことだけどな」
 口は挟まないけれど、僕が驚いた顔をしたのは、伝わっただろうか。
 あの男と、じーちゃんの娘さんが恋人同士。
 じーちゃんの娘、インフェさんは人間と精霊のハイブリッド。
 前線に駆り出されたインフェさん。
 戦争。