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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(3)

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「作戦大成功!」
 びしりと親指を立てて、フィズは明るい声でそう言った。
 じーちゃんはほっとしたように息を吐いて、それからまたいつものように、「主演女優の感想は?」と尋ねて。
「大丈夫大丈夫。アドリブでドア一個壊しちゃったし、あれで私たちが仲良い家族には見えないよ」
「そうか」
 じーちゃんは一歩フィズに歩み寄って、帽子越しにフィズの頭を撫でた。
「よくがんばったねえ」
「……じーちゃん、私もうすぐ二十歳なんだけど」
 そう言いながらも振り払いはしない。じーちゃんも、帽子の形が崩れるほど力をかけはしない。じーちゃんも知っているはずだ。フィズが家の中ですらなんらかの形で髪の毛を覆っている理由を。だからじーちゃんは追及しない。フィズの瞳の色が、いつもと違うことも。
「フィズラク、泣いてる?」
 ふと、スーが尋ねた。
「目真っ赤だよ」
 一瞬。僕とじーちゃんの動きが止まった。そうか、スーはあの時あの場にいない。だから知るわけがない。
 多分だけど、フィズが今魔族に近い状態になっているのは、必ずしもあれだけ派手に空を飛んで逃げるためばかりではないような気がする。
 より、ばーちゃんたちとの決別を印象付けるための、言ってみれば芝居のひとつ。そうでなければ、好き好んでこの姿を晒すわけがないと思う。あれだけ僕にこの瞳を見られるのを嫌がっていたのだから。
 それでも、少しでもばーちゃんに疑いがかかるのを避けるために。その為に、自分が一番嫌っている姿を取ってまで、家族を守ろうとしたのだろう。
「……だって、寂しいでしょ」
 ただ一言、フィズはそう、スーに答えた。どう思ったのか。スーはそれ以上何も言わなかった。
「とりあえず、うちに来てた連中の半分ぐらいは気絶させておいたよ。元気な連中は直ぐにでも追っかけてくると思う」
「歩きか?」
「ううん、馬。急いだほうがいいかも」
「そうか。……スゥファ、レミゥちゃん」
 じーちゃんが声をかけると、少しだけ距離を取って様子を見ていたレミゥちゃんが、たたたと駆けてきた。
「今から、悪い人たちが俺たちを追いかけてくる。だけど心配するな。フィズラクとサザがその人たちをやっつけてくれるから、俺たちは急いで隣の国に引っ越すよ」
「……一緒に行かないんだよね?」
「ああ」
 言うと、スーが寂しげな表情で、小さく首をかしげた。
「フィズラクたちも一緒に行って、追いつかれたらやっつけるんじゃダメなの?」
 じーちゃんは、首を横に振った。それができれば、それが気持ちの面では本当は一番楽かもしれない。だけど。
「俺たちとフィズラクが仲が良いことがばれちゃうと、悪い人たちがカラクラをいじめるかもしれないんだ。それに、俺たちを守りながらだと、やらなきゃいけないことが増えるだろ?」
「……そうなの?」
 つまりは、足手まといだ、ということ。それは多分、僕も変わらない。僕にはじーちゃんたちのような魔法の才はないし、銃だって使えない。身体能力だって低くはないけれど、取り立てて高いということもない。わかってる。だからせめて、フィズに守られなくてもいいようにはならないと。
「ああ。……大丈夫だ。フィズラクはすごく強い。悪い人たちなんかあっという間にやっつけて、すぐ俺たちに追いつくよ」
「そう?」
 スーがフィズを見上げる。多分、あの角度だと、フィズの表情は見えていない。
「ん、大丈夫だよ。あんたたちは私たちが絶対、守ってあげる。私は、あんたたちのお姉ちゃんなんだから」
 その言葉は、思った以上に力強くて。「私たち」という言葉に、僕は少しだけ嬉しくなって。そう。僕たちが妹たちを守るんだと言えるように、少しでも頑張らないとと思う。守られている「あんたたち」に、カウントされずに済むように。
「えー、でもサザはちょっと頼りないなー」
 相変わらずの憎まれ口だけど、でもその通りだ。いや、その通りにしないように。
「少しでも頼りがいがあるように、頑張ってはいるんだけどね」
 僕はそう返すだけ。多分、顔は全力で苦笑いだ。だけど、それでよかった。変に素直になられるのもなにかが嫌だった。
 だって、別れ際に急に優しくなったりなんかしたら、もう二度と会えないような気がするから。
 いつも通りに、さよならしよう。きっと直ぐにまた会えるから。
 だから僕も、少しだけ、反撃を試みてみた。
「レミゥちゃん、スーを頼むね」
「逆でしょ! あたしのほうがお姉ちゃんなのに! ねぇ、レミゥ?」
 思った通り、速攻で食いついてきて、僕は少しだけ笑ってしまった。レミゥちゃんはどう答えるべきか、僕とスーの間を視線が行ったり来たり。まだ小さいのになんでこの子はこんなに気を遣うタイプなのだろう。少し申し訳ない気持ちになる。
 だけど、だから大丈夫だろうとも思う。芯が強くていつも強気で、言いたいことをはっきり言い、そして大人の扱いが無駄に上手いスーと、大人しくて控えめだけれど、しっかり者のレミゥちゃん。このふたりなら大丈夫。そんな気がした。
「それじゃあ、俺たちはそろそろ行くよ」
 じーちゃんがそう言うと、それまでぎゃんぎゃんと大騒ぎをしていたスーが急にぴたりと静かになった。
「……もう?」
「ああ」
「そっか」
 スーはフィズを見上げて、少し不安そうな色を残したまま、それでも、笑った。
「じゃあ、先に行ってるね」
「ん、気をつけて。……元気でね」
 レミゥちゃんは、僕とフィズとをじっと見て、そして、ぽつりと呟いた。
「ごめんなさい」
 レミゥちゃんは悪くない。そう言おうと思うより先に。
「あんたは悪くないっ」
 そう叫んで、フィズがぎゅっとレミゥちゃんを抱きしめた。
「悪くない、あんたは絶対に悪くないよ! 悪いのは、悪いのは……」
 その先は、言わなかった。多分、フィズが言いたかったのは。
 誰も悪くないよ。僕はそう言いたかったけれど、勿論あの男を許すつもりも肯定するつもりもない。それでも、どうしてこんなことになってしまうんだろう。初めから悪い人なんて、少なくとも今の僕たちの状況に関わる人には、一人もいないはずなのに。
 でも確実にわかる。フィズは絶対に悪くない。
 だから。じーちゃんと、スーとレミゥちゃんが渡し船に乗るのを見送ってから、「フィズは絶対に悪くないよ」と、僕は言った。
「ん、ありがとう」
 そうフィズは返してくれたけれど、だけど、多分、まだフィズは自分を責めてるんじゃないだろうか。言葉で何度言っても、そう簡単には変わらないと思う。冷たい言葉なら直ぐに本音だとわかるかもしれないけれど、優しい言葉には建前や気遣いが混じりやすいから。
 だんだんと遠くなっていく船の影を見送りながら、どうすることも出来ずに、ただ僕は、フィズの隣に立っていた。
 小さな船の姿が、どんどん、どんどん小さくなっていく。最初はスーがいつまでもいつまでもこっちに向けて手を振っているのが見えたのだけれど、今はもう、ぼんやりとシルエットが見えるだけだ。