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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(3)

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 少しだけ、フィズの顔が赤い。照れくさそうに、少しだけ、目を逸らして。
「……そんなまじまじと見ないでよ。これから先、ふたりで逃げるんだし、おとり役なんだから、私があんな調子じゃサザを危ない目に遭わせるじゃない。私たちが連中に出し抜かれたら、じーちゃんたちだって危ないし」
 そう思ったら、少し頭が冷えたのだと、フィズは言った。
「守りたいものがあると、強くなれるって、物語では定番だもんね?」
 そう言って、冗談っぽく笑ってくれる。だけど、それはフィズだけじゃない。
「僕もそう思うよ」
 僕が、一番守りたいものは何か。それに気付いてから、強くなりたいと初めて願った。
「でも、守りたいものがあると強くなれるというか、強くなりたいって思うのかもよ」
 なにもないときに、強くなりたいと願う必要はない。
 だけど、なにかあってからでは遅い。
 だから、大切なものはするりと手から落ちていく。そんなのは、嫌だ。
「それって、私?」
「うん」
「即答かい」
 自分から話題を振っておいて、それはないんじゃないかと思うぐらい、はっきりとフィズは呆れたような表情をした。少しだけ嬉しそうに見えたような気がしたのは、多分に僕の希望が反映されているんじゃないかと思う。
 こんな風に、七割ぐらいは冗談のように、フィズがこの話題に触れることは、此処のところ二日に一回ぐらいのペースである。どんな意図があるのかを、僕は未だにつかめないでいるのだけれども。
 本当に、勢いで、と自分で言ってしまっていいと思うぐらい勢いで、「好きだよ」と言ってしまって。
 後々冷静になってから、これで気まずくなったらどうしようだとか、いろいろと、本当にいろいろと考えた。しかも考えたのは、フィズと同じ部屋に泊まった、あの道中でのこと。直ぐ隣にフィズがいる状況で。
 だけど、結局フィズは拍子抜けぐらい普通に、何時も通りに僕に接してくれていた。時折、こんな風にその話を持ち出すことを除いては。
 だから、僕も今までと同じように接する。こんな風に、話を振られた場合以外は。
「そのわりに、何時も通りだよね?」
「うん」
 言うと、フィズはうーんと首を捻る。
「何度もチャンスはあったのにねえ」
「何のチャンスだよ」
「サザなんて思春期真っ盛りの年頃の男子なのに」
「………身も蓋もないことこの上ないなぁ」
 最早ツッコミを入れる気すら失せるほどの、相変わらずのフィズ。こんなことを冗談で言われても、なぁ。
 まぁ確かに、年齢のわりに僕はそういう欲が薄い、のかもしれない。ないわけではないのだけれど。それ以上に、フィズが大切で。
「僕のこと男として好きじゃない相手に、そんなことできるわけないだろ、人として」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ。……また変なドラマでも聴いた?」
 言うと、うーんと考えて込んで。
「あー、それのソースは本だった気がするなぁ」と、さらりと呟いた。一体何の本を読んでいるんだろう。記録鉱石だけじゃなくて、本も一度改めてもらったほうが良かったかもしれない。
「フィズが読んだ本に出てきた人はどうなのか知らないけど、僕はそういうのはお互いに好き合ってするもんだと思ってるよ」
 というか、一体その本には何が書いてあったんだか。あんまり考えたくない。一応短期間とはいえ、しかも僕のせいで別れることになったとはいえ彼氏がいたこともあるはずなのに、フィズの恋愛観の偏りようと参考にする本やドラマの選び間違いざまは時々酷すぎるような気がする。ああそうか。だからお子様は読んじゃいけない本が存在するのか。
「私だってそう思ってるよ。いやでも、年頃の男子なら、もっとこう、頭の中がそういうあれやこれやでいっぱいなもんなのかなぁと思って」
「………偏った情報だなぁ」
 正直言って、そんなことで頭がいっぱいになるほど、僕の頭は余裕を持って作られてはいない、と思う。今は状況が状況だから勿論のこと、そうじゃない場合であっても、他の事で大概は頭がいっぱいだ。
「いつもそれどころじゃないからなあ。次にフィズが一体何をやらかすんだろうと思ってはらはらしてたり、どうやってフォローしようか考えたりとかしてるから」
「なっ」
 かーっと、フィズの顔に血が上るのがわかった。良いだろ、時々はからかわせてもらっても。
「私のどこがっ……あー、いつもか………」
 思わず叫びだそうとして、そしてそのまま、その言葉が失速していく。少しずつ尻すぼみになっていき、最後のほうの言葉ははっきりと聞き取れないほど、もごもごとしたものになっていた。
「それがすごく幸せで楽しいから、僕はいいんだよ。フィズが好きだから」
 一瞬引いたと思ったフィズの顔の赤みがまた増した。くるくる変わる表情、顔色。僕の好きなもの。僕の、守りたいもの。
「ほんとにもうあんたは、そういうことさらっと言う……」
 公共の場で発したら軒並みドン引きもののしょうもない下ネタは平気で連発するくせに、こういう時のフィズは面白いくらいに動揺する。
 そのアンバランスさが面白くて、可愛くて、つい言いたくなってしまう。
 一秒として同じでいないその表情が変わるたびに、フィズはまるで違う人のように雰囲気を変える。元々顔のつくりが整っているから、黙ってきりりとしていれば近寄り難ささえ感じるほどに知的な美形なのに、楽しそうにはしゃいでいる姿は小さな子どものように愛らしい。時折、本当に嬉しそうに笑ってくれるときは、鼓動が一気に跳ね上がってしまう程に、なによりも綺麗で。
「あんた、私があんたのこと絶対嫌いになれないとわかったから調子に乗ってるでしょ?」
 顔を赤くして僕を睨んでくる。可愛いと思ったけれど、流石にそれを口に出したらどんな魔法が飛んでくるかわからないので言わなかった。僕の返事がないことも気にせず、フィズは続けた。
「でもさぁ、どうして私が良いわけ? こんな手近なところで済ませなくたって、サザなんかモテるでしょうに。地味だけど顔も結構かわいいし、手に職あるし器用だし、性格だって真面目だしきっちりしてるし甲斐甲斐しいし、優しいし」
「手近なところって」
 僕はなんだか一気に脱力した。いや、手近どころか。
「……全然、手近じゃないだろ。だからずっと考えないようにしてきたんだから」
「え?」
「僕だって、この間フィズが死に掛けて、フィズのことを忘れるまで、ただ家族として、姉さんとして好きなんだって思ってたよ。多少は、シスコンの自覚はないわけじゃなかったけど」
「う」
「記憶が全部なくなって、フィズのことが誰だかわからなくなっても……好きだったよ。それで、気付いたんだ」
「え、う、あ」
 言葉が不明瞭になる。少し間があって、深呼吸をひとつして、フィズが放った問いは。
「じゃあ、私のしたことは、寝た子を起こしたって、こと?」
「そういうことになるね」
「あー……」
 フィズはがっくりとうなだれた。その姿を見て、ずきりと胸が痛んだ。
 やっぱり、気持ち悪いか、こんなの。言わなきゃ良かった。今更だけど。
 だけど多分、諦められない。無理やりどうこうするなんてことは絶対にしないけど、フィズ以外の人に、こんなに惹かれることは、多分ない。