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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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「僕は少し、どこか壊れてるのかもしれない。フィズが嫌だったら、思い出さないようにしてくれてていいし、僕も、弟として接するから。そのときは、僕が絶対フィズのことを嫌いにならないってことだけ覚えていてくれればいいよ。……フィズは、僕を、気持ち悪いと思うかもしれないけど」
「馬鹿っ!」
 思い切り両腕で、胸をぼんとどつかれた。当たり所が悪かったのか、思わず僕は後ろにのけぞった。一瞬、呼吸が止まる。
 フィズの顔が、目に映った。
「ずるい!私が、あんたのこと、嫌いになれるわけないの知ってて……言ってんでしょ。ずるいよ、サザ……」
 悔しそうに、戸惑ったように、歪む表情と震える腕。
「吃驚したよ、それは本当。まだ、頭のどっかが空回りしてるみたいで、正直どう思ってるのかなんて、自分でもわからないよ。頭がこんがらがって、わけがわからない……。だけど、どんなことがあっても、私はサザを気持ち悪いだなんて思えない。嫌いになんて、なれない……」
 震える手で、ぎゅっと、僕の服を掴んだ。小さな子どものような動作。
「私が小さい時、どれだけサザに救われたかあんたは知らないし……あんたの言葉を借りるなら、わかるわけがない。あんたは、私じゃないんだから」
 でもね、と言葉を区切って。
「でもこれだけは確か。私は、サザがいてくれたから、私でいられたんだよ。無理に良い子になろうとも思わないで済んで、私は私のままで、誰かに必要としてもらえるんだって、初めて心から思えた。だから、あんたの思いとは形が違うかもしれないけど、私には、あんたよりも大切なものなんて、この世界にはないよ……。だけど、だから怖いんだ」
 フィズはそう言って、すっと帽子を取った。普段眠るときもナイトキャップを被っているから、完全に帽子を取った姿を見たことは、僕もほとんどなかった。艶やかな黒い髪がふわりと流れた。
「見た目では……多分ほとんどわからないけど、触ってみて」
 僕は促されるまま、フィズの頭に触れた。そのまま、耳元に向かって手を滑らせる。するりと滑らかに落ちるはずの手が、引っ掛かった。もう片側で同じように手を滑らせても、同じことが起こった。
「わかるでしょ?」
 僕は、イスクさんの講義を思い出していた。魔族の持つ、二本の小さな、角。
「私の頭には、角が生えてる。契約なんかしなくたって、自分の力で現象を起こせる。簡単に、人を死なせてしまうような力を行使できる。私は人を死なせてしまったことがある。それも、八人も………全部、知られるのが怖かった。隠すのもつらかった。それでも、私を嫌いにならないって言える?」
 言える。いとも簡単に。
「ずるいよ、フィズ。……そんなことで嫌いになれるぐらいだったら、好きになってない」
 言うと、フィズは一瞬顔を赤らめて、そして、笑ってくれた。
「あー、やっぱりあんたが一番ずるい。精神的に弱っているタイミングで告白する男に、ロクなのは居ないわ」
「え?」
「あはは、ま、返事は保留ってことでいいんでしょ?」
 笑っているのに、楽しげなのに、有無を言わせない口調に、僕は黙って頷いた。
「返事っていうか」
「ん?」
「僕はフィズと一緒にいられて、フィズが幸せでいてくれれば、それでいいから。どんな形でも構わないよ」
 フィズの頬がかーっと赤くなった。なにやら小声でぶつぶつと呟いていたけれど、聞こえなかった。「何?」と聞いても「なんでもない」としか返してくれない。
 けれど、立ち上がったフィズはすっと僕のほうに手を伸ばしてきてくれた。
「とりあえず、宿に行こうか。……手繋ぐくらいなら、いいよ」
「……うん」
 その手を取る。温かい。
 もう二度と、この手は離さない。たとえ振り払われたとしても、必ず。
 夏も近いというのに夜はやや肌寒い。それでも、繋いだ手だけは温かで、そこから温もりが体全部を包むような気がした。
 その日の夜は、眠りに落ちるまで、話し続けた。お互いの間にある小さな罅を埋めていくように。
 ここ数日間のこと。初めての一人旅。美味しい屋台やそれぞれの地方の珍しい小物を扱った小さな出店。フィズの足取りがまったくつかめなかったのは、本人なりに節約しようと思って珍しく努力した結果だったらしく、絶対帰りに寄ろう、と張り切っていた。情報料代わりに買った小物たちも、なにしろフィズの好きそうな店に絞って情報を集めていたので、フィズ好みのものばかりで、あれやこれやと目を輝かせていた。「私はプレゼント攻勢で落ちるような女じゃないよ?」と冗談めかして笑っていたけれど。
 話したいことはいくらでもあった。話さなきゃいけないことも。だけど、二日以上歩き通しの疲れからか、睡魔は容赦なく襲い来る。
「早く寝なさい。話す時間はいっぱいあるんだからさ。家に帰るまで、たくさん話せば良いよ」
 そう言って、フィズが笑う。だけど、もっと話していたかった。多分それは、この間の出来事のせい。
 目を覚ましたらフィズがいなくなってるんじゃないか、という恐怖。
 はっきりそうと言ってはいないが、なんとなく察してくれたのか。
「あー、この間はごめんって。大丈夫大丈夫。もういなくならないよ」
 そして、僕の頭をぽんぽんと軽く叩いて、そのまま撫でようとするのかと思ったけれど、すっと手が離れた。
「もう子ども扱いは嫌かな?」
 いたずらっぽく笑う。もっともっと、色んな表情を見たい。
 願わくば、それが笑顔でありますように。
 それだけを、ただ願った。
 
 
 
 さすがに疲れていたのか、窓から燦々と朝の光が差し込む街道沿いの宿屋にあって、目を覚ましたときには随分と陽が高く昇っていた。
 まず最初にしたのは、隣のベッドを確認すること。フィズの姿がなくて、僕は慌てて飛び起きた。部屋をぐるりと見渡す。フィズの荷物は置きっぱなしだったのを確認して、緊張が緩んだ。姿を消してしまったわけではないようだ。ベッドに腰掛けて、ぼんやりと窓を見る。今日もいい天気だ。
 廊下を歩く足音が聞こえる。がちゃり、とドアノブを捻る音がして、入ってきたのは、フィズだった。
「おはよう、サザ」
 フィズは片手にお盆を持ったまま戸を足で閉めた。お盆の上にはパンがいくつかと、コップに入った水がふたつ。
「おはよう、フィズ」
 ほっと息を吐く。良かった。ちゃんと、フィズは此処にいた。
「もうお昼近いよ。珍しいね。病み上がりなのに無理させちゃったからかな」
 お盆を小さなテーブルに置いて帽子を取ったフィズは心配そうに、僕の寝巻きのシャツの襟首を覗き込む。胸にはっきりと残る、銃弾の跡。フィズは一瞬、悔しそうな表情を浮かべて、それはすぐに不安そうなものに変わる。けれど、それからまた、今度は打ち消すようににやりと笑って、つつ、と傷口を撫でた。
「好きなコにこういうことされるとドキドキする?」
「……まったくもう」
 良かった、立ち直ってくれたみたいだ。だけどその悪戯はやや悪質だ。ひとつ逆襲のネタを思いついて、実行するかしないか少し迷って、僕はフィズの手をぐっと引き寄せた。バランスを失って、僕のほうに倒れこむ。
「わわっ」
「自分の事好きだって言ってる人にこんなことされたらドキドキする?」