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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 フィズは一体どんな思いで、たった一人暗い道を歩いていったのだろうか。フィズに限って治安の心配をする必要はないだろうけれど、再会する為の旅である僕と違って、ひとりぼっちになるための旅路。
 今、何処にいるんだろう。まっすぐにこの道に向かっていたとすれば、フィズは二日分先にいるはずだ。走って追いかけたい気持ちに駆られたが、フィズが二日かけて歩いた道程を走り続けられるわけもないし、病み上がりで極力体力は温存したかった。昼夜逆転も避けたいので、最初の宿場町に着いたら今日は焦らないでちゃんと寝るようにとじーちゃんからは言われている。夜の冷たい風の中を、なるべく、早足で歩いた。
 歩き始めてニ時間ほど経った頃に、宿の明かりが見えた。日付はもう変わっていたけれど、幸い空室があったので一番安い部屋に宿泊手続きを済ませた。
 段差の急な階段を昇った先の、窓がひとつしかない狭い部屋、簡素なベッド、飾り気のない壁。寝るだけには十分だけれど、なにもかもが初めてだった。
「固……」
 思わず口から漏れる。その声を聞く人は誰もいないのに。
 自分の部屋で独り言を言っても、当然聞く人はいない。だけど、明日、目を覚まして階段を下りても、誰もいないのだ。
 一人ぼっち。フィズは、どんな思いで旅に出た最初の夜を過ごしたのだろう。
 今、どんな思いを抱えているんだろう。
 早く追いついて伝えたかった。フィズが一人ぼっちでいる必要なんか何処にもないことを。
 フィズが魔族でも、人を死なせてしまった過去があったとしても、それを受け止める覚悟があることを。
 その力のせいで狙われることがあるなら、僕が守りたい。糾弾されることがあれば共に受けたい。そしてそれらのせいで、死んだり傷ついたりしない程度には、強くなりたい。少しでもフィズが、不安を感じなくて済むように。
「フィズ」
 届く訳がないとわかっていて、名前を呼ぶ。
 早く、届けばいいと願って。
 
 
 
 窓から差し込む光が、自分の部屋よりも眩しくて、僕は朝早く目を覚ました。旅人には朝早い人が多いから、より朝陽が目に入るように窓の位置を合わせているのか、あるいは谷の下にある僕らの街よりも、外のほうが日光が強いのかもしれない。
 大きく伸びをする。昨日のような関節や筋肉のこわばりは取れていた。ベッドから立ち上がり、二、三回屈伸をする。身体の具合は大丈夫そうだった。
 この朝、僕は初めて、ひとりで朝食を食べた。時々喧嘩をしたあととか、なにかまずいことが起きて、会話のほとんどない食卓を囲むことはないわけではなかったけれど、誰も会話を交わす相手がいないために無言となるのは、初めてだった。どこか、寂しかった。
 街で携帯食を買い込んで、僕はまた早足で歩き始めた。しっかり整備された街を歩いていると、だいたい三、四時間おきぐらいに大きめの集落がある。
 そういったところの道沿いで、なんとなくフィズの好きそうな屋台を見つけては、とりあえず入ってみた。お菓子などを買うついでに、長い黒髪の二十歳くらいの女性を見なかったかを聞いてみたが、手がかりはつかめなかった。気付けば袋がお菓子で一杯になっていたので、その中からひとつ、やたらと甘そうなスティックケーキを一本掴む。強烈な甘みに、疲労が少し取れたような気がする。その味は少しだけ、フィズと食べたケーキに似ていた。
 日がとっぷり暮れるまで歩き続けて、その日は結局フィズの手がかりを掴むことはなかった。今日も一人で宿屋で眠る。今頃ばーちゃんはかんかんに怒って、それをじーちゃんがのらりくらりとかわしているところだろうか。そんなことを考えると、少しだけ寂しさが和らいだ。
 けれど、それは直ぐに帰れると思っているからだ。
 帰らないつもりでこの旅路を一人ぼっちで目的地もなく歩くフィズなら、同じ光景を思い浮かべてもこみ上げてくるのは寂しさなのではないだろうか。そんな温かな想像の基盤である穏やかな日々を、捨ててきたのだから。
 次の日も同じように歩き続けた。
 情報料代わりに買ったお菓子の量が割と大変なことになってきたので、今日は昼食はこれで凌ごうかと思う。さすがに朝夕は、なんとなく野菜や肉か魚を食べないといけないような気がしてしまってちゃんと食堂に入っているのだけれど、商売などで旅をしている人から見れば、まだまだ優雅な旅なのかもしれない。身に染み付いている生活習慣はそう簡単には変えられないし、無理やり変えて体調を崩してしまいでもしたら余計フィズが遠ざかる。
 思いのほか旅にはお金がかかるということも知った。行く先々でお菓子を買っているせいかもしれないが、無事にフィズを見つけて街に帰ったら、暫く節約したほうがいいかもしれない。少なくとも、僕がちょこちょこ貯めていたお金はあと数日もすれば底をつくだろう。じーちゃんから路銀はもらってはいるけれど、そのうちちゃんと稼いで返そう。
 そんなことを考えながら、早歩きで進む道程。一日に一体どれだけの距離を歩いているのだろう。少しだけ筋肉痛になった。
 いくつかの集落を越えて、歩き続ける。甘いものだけはいつもより多く摂取しているせいか、あまり疲れは感じなかった。それでも一向に鞄の中のお菓子が減ってくれない。お菓子を扱う屋台でフィズの情報を尋ねるたびに最初はクッキーやスティックケーキを買っていたのだが、この日のお昼前ぐらいには飴玉に変わっていった。
 歩き通して、陽も暮れかけた頃に、小さな宿場町の明かりが目に飛び込んできた。
 街路沿いに並ぶ屋台から漂う多種多様な匂い。温かそうな湯気。やはり街路沿いに立ち並ぶ宿屋も一軒一軒は小さいが作りは丁寧で、こじんまりとしていながらも全体的に管理が行き届いた街という印象を受けた。今日は此処で休もうか。そう思った瞬間気が抜けたのか、全身が疲労と空腹を訴えてきた。病は気からという言葉が、実感できた気がした。
 とりあえず、何か食べるか。そう思って、屋台を物色する。山菜と野鳥を煮込んだスープ、植物の色素で色付けされたパン、川魚を独特の香りの香草と焼いた料理など、あまり僕らの街では目にすることのない料理が並ぶ。それは、ついこの間、フィズやイスクさんと行った食堂のメニューと同じだった。そうか、東の街道の方の料理だったのか。
 前に食堂で食べたものが美味しかったので、あれこれと少しずつ皿にとってもらうと、屋台の主人はパンをひとつオマケしてくれた。
「いろいろ買ってくれて嬉しいね。お客さん中央の方から?」
「ええ、まあ」
 僕は曖昧に頷いた。あの街の出身者であることがわかると嫌な顔をする人もいるから、腕っ節が物を言うような話に関わるとき以外は極力言わないほうがいいと、じーちゃんから教わっていた。あの街の言葉は基本的に城下町の方言とほぼ同じなので、言葉遣いにさえ気をつければぱっと見でわかることはないらしい。
 物事を力で解決しなければいけないような事態になったら、脅しとして使ったほうが便利かもとも言っていたけれど。
「そうか。さっきも若いお客さんがいてな。最近は物騒だから若い子の旅人なんて珍しいよ。東のほうでなにか人が集まるような用事でもあるのかい?」
 若い旅人。その言葉に僕は反応した。