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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 なにやら問題が山積みになったような気がして、僕はじーちゃんに尋ねた。地図を見たところでこれらの問題のうち片付くのは、街の周辺の道がどう続いているかだけだけれど、他の問題はもっとどう片付けて良いかわからない。
「ああ、サザは街から出たことがないんだったねえ」
 いつも持ち歩いているのか、じーちゃんはごそごそと、丈夫そうな紙で出来た地図を、ポケットから取り出した。
 長年旅をしているからもっと古ぼけた地図が出てくるのかと思ったけれど、紙を見る限り新しそうに思える。それを聞いてみると、新しい道が出来たり、街の名前が変わったり、森が切り開かれたりするから、年に一回は新しいものに買い換えているのだと教えてくれた。
「で、だ。この街の周りで、大きな道は四本ある。まずこの街からまっすぐ北に伸びる道。ここは戦争のときの進軍用に作られたヴァルナムに続く道で、ここから先に立ち寄るような街はない。そうすると、だいたいの旅人は少し南に歩いてから、城下町から伸びる三本の街道を利用する。多分フィズラクが選んだのは、この東へ伸びる道だ」
「え?」
 僕はじーちゃんの顔を見た。
 まさか、今回のことは。
「俺とフィズラクが共謀して、サザの成長を促した上に迎えに来させて関係の発展を図るような計画じゃないよ?」
「……じーちゃん、ひょっとして人の考えを読む魔法とか使えるわけ?」
「お前たちの考えていることなんて手に取るようにわかるだけだよ。それに、そんなことを考えるほどフィズラクは人間関係とかに関して頭が回るほうでも器用なほうでもないし、フィズラクがお前との関係をどういう方向に持っていきたいのかまでは、さすがに俺にもわからないよ」
 そう言って笑うじーちゃんは、見た目年齢と全くもってそぐわない老獪さを漂わせていた。やはり、いくら若作りとはいえ亀の甲より年の功なのだろう。
「まあ冗談はさておき。この時期に素人の旅行者が通りそうな道はひとつしかないから、そこから行き先を類推しただけだよ。まず北の道は、戦争以外で通ることはほとんどない。たまに命よりも金儲けのほうが大事なような商人が、ヴァルナムの魔族との取引をしようとして通っているぐらいだ。立ち寄るようなところもないし、それに」
「フィズに限って、行くわけがないと思う。フィズは自分の中の魔族の血を多分すごく嫌っているから」
「その通り。で、残りの三本の道だけど、まず西に行く道は、この時期は進めない。半日も歩けば大きな川に出るんだが、この時期は毎年増水して舟が行き交えなくなるんだ。こっちを選んだとしても、まず引き返してくると思う。で、この南の道は、物凄く山道が険しいんだ。山の麓で籠を頼めば簡単に越えられるけれど、籠代はこの街の物価水準から考えればべらぼうに高い。フィズラクの所持金では頼めないだろうし、かといって目的地があるわけでもないのにわざわざあんな道を徒歩で行くほど物好きでもないからねえ。すぐ引き返してくる。だとすると、結局残るは東の道だよ。ここは、街道も歩きやすく整備されているし、道沿いに街が発展してるから、安めの宿も多いし初心者でも歩きやすい。街道以外の道は細いし、そこを進んでもひたすら森や山が続くばかりで、迷ったらおしまいだ。だとすると、フィズラクが選んだか、或いは引き返してきて進んだのは東の道である可能性が高い」
 ただ、とじーちゃんが付け加えた。
「この仮定は、少なくともフィズラクに死ぬつもりがない時にだけ、成立する。だけど、俺は多分、フィズラクは心の何処かで、サザが迎えに来てくれるのを待ってると思うんだよ。あの手紙も、お別れのメッセージというよりも、あの不安を打ち明けた上で、それをサザに打ち消してもらいたがっているような気がしたよ。本人が意識的にそう考えているかはともかく、少なくとも心のどこかに、そんな思いはあると思うんだ。あの子は少々子どもっぽいところがあるからねえ、多分、自分が何をどう感じていて、何を願っているかを、自分であんまり把握できてないのかもしれない。他人の気持ちも良くわかってないから、たまに変な方向に暴走したりするだろう?」
「ああ、うん」
 僕の頭をよぎったのは、この間の冬のこと。フィズは自分の死を考えたときに、何故かその思考が斜め上の方向へ突っ走ってしまい、結局あんな馬鹿なことをしでかしてしまった。
 僕も、フィズも。そして恐らくじーちゃんとリーフェさんも、お互いの本当の気持ちを知る術はない。
 だから、ちゃんとわかりあう努力をしなければ、どこかで少しずつすれ違って、やがてそれは取り返しのつかない大きな亀裂になってしまうかもしれない。
 言葉で、伝えることはできない。行動でも同じ。それでも、それを伝えることを諦める言い訳にはしない。
「まあ、フィズラクが進んでいるのはこの道で多分間違いないと思う。初日は多少は急いだかもしれないが、目的地も用事もないんだから、二日目以降は多分ゆっくり進んでいるから早め早めで進めば何処かで追いつけるはずだよ。もしもどれだけ探してもこの道沿いにはいないようだったら、俺に八つ当たりしていいから」
「いや、しないけど……」
「診療の方は、俺とカラクラにどーんと任せておけば大丈夫。俺は応急処置以外の医学の知識はほとんどないけど、ケガの治療ぐらいだったらできるよ。フィズラクだって診療に使ってたのは普通の精霊契約魔法だ。これについては、まだまだフィズラクには負けてない自信があるしねえ」
 軽い口調だけど、安心した。フィズの高熱のあたりから始まって、ばーちゃんの悠々自適なはずの隠居生活を幾度となく邪魔してしまっているのは申し訳ないけれどじーちゃんがいればある程度は楽ができるはずだ。
「本当に、ありがとう」
 言うと、じーちゃんは冗談めかして笑った。
「いいんだよ、孫たちの幸せがじーちゃんの幸せだ」
 
 
 
 それから、晩御飯まで眠って、フィズのいない食卓でみんなで食事を摂った。それからじーちゃんの旅道具を一式借りて、ばーちゃんが寝た頃を見計らって、僕は家を出た。
 フィズの通りそうな道の推定から旅の道具、それから明日、事が発覚した後のばーちゃんの説得まで、なにからなにまでじーちゃんに頼りっぱなしになってしまったが、「実務的な部分は、できる人に頼るのは全然悪いことじゃない。だけど、心の面は、自分でどうにかしないことにはどうしようもないだろう? それができたから、あとの細かい部分は全然人に頼んでいいんだよ」と言って、笑顔を浮かべたまま旅の用意を手伝ってくれた。俺も大概孫には甘いなぁ、と付け加えながら。
 幸いにも空は良く晴れていて、星明りに照らされた外は明るかった。それでも、夜通し外を歩き続けるのは初めてのことで、僕はどうしても緊張してしまう。さすがに街道沿いに強盗や殺人は少ないらしく、ところどころで野宿をしている人の姿も見かけられた。一応、銃とナイフは持っているものの、それがあまり役には立たなさそうなことはこの間証明してしまったので、できれば使う必要に迫られないことを願う。一応持ってきた魔法工学の回路もいくつかあるけれど、焚き火の時の火起こしぐらいにしか使えない気がした。
 フィズが家を出て行った時間も多分このぐらいだろう。