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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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「……直ぐにでも飛び出して探しに行くって言い出すかと思っていたよ」
 じーちゃんが、言った。僕は、返事ができなかった。なんと言えばいいのか、わからなかったから。
「何処に行ったのかさえわからなくても、見つかる公算がどうであっても、連れ戻してくるって言うと思った」
「…………………」
 そう、そのことすら考えてなかったぐらい。何処に行ったのかがわからないことさえ、大したことではないように思えた。フィズがもう、諦めてしまっているとしたら。
 物に触れた感触すら希薄になるような空虚感。
「サザ、聞いてる!?」
「うん」
 珍しいじーちゃんの大声も、何処かフィルタがかかったようで。
 なにもかも現実感がないのは、多分現実をちゃんと認めたら、僕が耐えられないから。
「……探しに行かないのか?」
「………………」
「外は桁違いに物価が高い。フィズラクの所持金を考えたら間違いなく徒歩だ。今ならまだ、走れば、何処かで追いつけるかもしれない」
「…………………」
「時間が掛かればかかるほど、歩く距離は長くなるし分かれ道も増える。手を拱いていたら、もう二度と会えなくなるよ」
「……わかってるよ」
「だったら」
「でも」
 もし、フィズを見つけて、その上で逃げられたら、今度こそ僕は、耐えられない。
 会えても、フィズに戻る意思がなければどうしようもないかもしれない。
 どんなに追いかけても、手を掴んでも。
 じーちゃんが、ため息をつくのが耳に入った。
「……サザ、どうしてお前は余計なとこばかり俺に似てるんだよ」
「え?」
「サザが落ち込んでるのは、フィズラクがいなくなったからじゃない。フィズラクがお前が連れ戻そうとするのを拒んだからだろ?」
「…………………」
「フィズラクと一緒にいたいんだろ!? 急に大人っぽくなってきたのだってそのためだったんだろ!? だったらなんで追いかけない!?」
「でも」
「でももなにもあるかっ!」
 珍しく声を荒げたじーちゃんの姿に、僕は少しだけ、現実に引き戻された。
「その程度のもんだったのか? フィズラクがどうあれ、説得するにしてもなんにしても会えなきゃしょうがないんだ! 一回二回手を振り払われたぐらいでなんだ! そりゃ嫌われてるのに追いかけ続けたらそんなものはただのストーカーだよ。だけど、嫌われてないのはわかってるんだろ!? だったら、うだうだ悩むのは無理やりにでも捕まえてからでいいんだよ! お前に嫌われたくなくていなくなったんだから、俺たちが探してもしょうがないんだよ!」
 その言葉が、僕にだけ向けられたものじゃないような気がしていたのは、なんでだったんだろう。
「そんなんじゃ、お前にフィズラクは任せられない。フィズラクは本質的に少々根暗な部分があるだろ。お前が気付いていたかは知らないけど。だから、放っておくと勝手に思い詰めてどんどんおかしな方向に走りだす。……俺のいなくなった嫁さんと、そっくりなんだよ」
「え?」
 意外な言葉に、僕はじーちゃんの顔をじっと見た。
 じーちゃんは少し黙った後、ゆっくりと話しだした。それは、僕の、多分フィズも、知らない話だった。
「俺の嫁さんは精霊だったんだよ、純血種の。見た目は人間そのものだった。魔法で、人間に化けてたらしくてねえ、俺はそれを知らないで嫁さんと付き合って、結婚したんだよ。リーフェって言うんだけど、すごい別嬪で、気立ても優しくて、頭も良くて……あー、まぁ、ここら辺は五十年も前の話だから、若干頭ン中で美化されてるかもしれないが、とにかく、俺は幸せだったよ。だけど、」
 じーちゃんはそこで一旦、言葉を切った。
「ある日突然、リーフェは姿を消した。俺は仕事を辞めて、必死でリーフェを探した。一年探して、やっと見つけた時、リーフェは赤ん坊と一緒にいたよ。出産するときに、自分の本当の姿を見せるのが怖かったらしいんだ。それに、自分の姿は魔法で誤魔化せても、子どもが生まれて、その子がどう見てもハイブリッドだったら。自分はともかく、子供の姿を一生誤魔化し続けることはできない。それで、逃げたらしいんだ。俺に正体がばれて、俺が離れていくのが怖かったと、リーフェは言ってたよ」
 フィズと同じ言葉を残して。
「そんなこと絶対にありえない。たとえ何者であっても俺はリーフェを一生守るって……俺だって言ったよ。だけど、それでも、リーフェはまた消えてしまった。赤ん坊だけ残して」
 じーちゃんの一番大切な人はいなくなってしまった。
「それからしばらく、ショックで何も手につかなかったよ。あんなに探して探してやっと見つけたのに、またリーフェはいなくなった。リーフェはもう、俺と一緒に暮らすのは嫌なのかとか、どうせ見つけてもまた直ぐにいなくなっちゃうんじゃないかとか、いろいろ考えて、考えて、もう一度リーフェを探そうと思ったのは、いなくなってから一年半以上経ってからだったよ。それから、ずっと探し続けてるけど、会えるどころか、手がかり一つ見つからない」
 じーちゃんは、遠くを見るような目をして続ける。
 じーちゃんの苦しんだことは、僕とあまりにも同じで。じーちゃんが結婚していたことも子どもがいたことも知らなかったけれど、その思いは、全部ではないけれどわかる。
「あの後直ぐ探しに行ってても、リーフェを見つけ出せたかどうかはわからない。また会えても、やっぱりいなくなってしまったかもしれない。だけど……もしも、直ぐに探してたら会えたかもしれない、一緒にいられたかもしれない。そう考えると、俺は後悔で押し潰されそうになるよ。だから、サザ、お前だけは、同じ思いをしてほしくないんだ」
「……………」
「俺の四十五年はもう取り戻せない。だけど、だからこそ、孫たちまで俺たちと同じような苦しみを味わわせたくない。この歳になってくると、やっぱり孫の幸せが一番の願いだよ」
 そう言うじーちゃんはいつも通りのつかみ所のない笑顔を浮かべていて、だからこそ、胸に迫った。
 僕は、どうしたい。
 僕の願いは、フィズと共に生きること。フィズがいつも心から安心して笑っていられるようにすること。
 探しても、見つからないかもしれない。見つかっても、僕の手を振り払っていなくなるかもしれない。
 だけど、行かなければ、二度と会えない。
「じーちゃん、ありがとう」
 僕は、フィズにもう一度、会いたい。
 だから、行こう。
 僕の顔を見て、じーちゃんは笑った。
「行くか?」
「うん」
「それでいいんだよ。下の世代は上の世代の経験を踏み台にして、もう一歩、先に行くんだから」
 相変わらず本気なのか冗談なのかわからない口調で、だけど、本気だとわかった。
 今すぐフィズを追いかけよう。そう思ったときに、ふと気がついた。
 僕はこの街の周りにどう道が広がっているのかを知らない。
 フィズが何処に行ったのかも知るわけがない。
 様子を見ながらあちこちの道を回るとして、フィズも僕もいなくなったら診療所はどうしよう。
 だいたい、あれだけ心配させておいて、ばーちゃんが簡単に許可をしてくれるとは思えなかった。
「じーちゃん、地図って持ってる?」