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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 何が起こるかもわからないし、何をしたいかという目標もそんなにはない。だけど、もっと生きたかった。もっとたくさん、楽しいことも辛いことも、我儘を言うならば楽しいこと多めで、いろんな出来事を積み重ねたかった。フィズと、一緒に。
 死にたくない。死ぬのが怖い。もう永遠に、フィズに会えなくなる。嫌だ、絶対に嫌だ。もっとフィズと一緒にいたかった。隣で生きていきたかった。少しでも、頼ってもらえるようになりたかった。早く成長して一歩でもフィズに近づきたかった。だけど、それはもう叶うことはない。
 嫌だ。生きていたい。まだ死にたくない。どれだけそれを望んでも、最早僕に出来ることはなにもなかった。
 思考が分解されていくように、意識が薄れていく。これで、お終いか。
 このまま粉々になるみたいに、僕は消えてなくなるのかな。そう思ったけれど、その時は訪れなかった。
 それまで抗えない速さで分解されていた僕が、急激に化合されていくような感覚。思考は、妙に鮮明だった。
 腹部に強い痛みが戻る。悲鳴を上げそうになるけれども、声は出ない。声が出ていないことが聴覚で、ちゃんとわかる。
 瞼に力を入れて、ぐっと持ち上げてみた。磨り硝子を通して見た景色のように視界はぼやけているけれど、光が、色が、わかった。
 全身の寒気はまだ治まらない。腕一本持ち上げられないほどに身体は重かった。だけど、わかる。
 僕は、生きている。
 ぼやけた視界のピントがなかなか合わないけれど、半分は猛烈な眩暈のせい、半分は涙のせいだった。
 必死で目を凝らす。少しずつ、少しずつピントが合ってくる。目の前が真っ赤なのは、多分、僕の血だろう。見慣れていない人なら確実に卒倒するぐらいの風景。仕事柄それなりに怪我とか出血を見慣れているはずの僕だっていきなりこの現場に踏み込んだら貧血ぐらいは起こしそうだ。間違いなく、これだけ出血したら人間は死ぬ。だけど、僕は生きていた。
 徐々に鮮明さを取り戻していく視界の中で、僕の目がひとつの影に焦点を結んで行く。長い、黒い髪に大きな帽子。フィズだ。僕は、心底ほっとした。まだ、僕もフィズも生きていて、此処にいる。
 だけど、徐々に視力が戻ってくるうち、僕は奇妙なことに気がついた。
 目の前にいるのは、間違いなくフィズだ。見間違いようもない。見た目だけじゃなくて、表情も、雰囲気もすべてがフィズだ。
 けれど、その双眸は、両目共に、柘榴石の赤色だった。
 フィズ、と呼びかけようとしたけれど、声が出なかった。
 出てたとしても、多分フィズの絶叫に掻き消されていただろう。
「う、ああああああ、ああああああああっ!!!」
 喉を潰してしまいそうなほどの悲鳴だった。その声とほぼ同時に、フィズの背景の壁に無数の亀裂が走って、一瞬で瓦礫に変わった。雪の日に氷の上にばら撒いた煉瓦のように、あまりにも容易く。
 はあはあと苦しそうな息を吐きながら、フィズが膝をついて地面に倒れこんだ。駆け寄りたいけれど、手も足もまったく、動けなかった。
 その瞬間、フィズと目が合った。両の瞳は、鮮やかな赤に染まっていて、その色から連想したものを、僕は頭から振り払おうとした。
 フィズの目は、ほっとしたようにも、悲しそうにも見えた。何かを言おうとしたのか、口が動きかけて、そして小さくかぶりを振った。
「意識が戻ったのか」
 シフト少将の冷徹な声が、頭上から降ってくる。フィズがはっと顔を上げて、この男を睨みつけた。
「サザから、離れなさい」
 もう一度立ち上がり、苦しげな呼吸を抑えながら、フィズはそう言った。
 次の瞬間、空気の塊が頭上を通り抜け、シフト少将の影が後ろへと吹き飛ばされた。風ですらない。多分、衝撃波と言ったほうが近いもの。
 ごどん、と鈍い音がして、僕の隣に大きな重たい柄のついたナイフが落ちた、と思った。
 ナイフは確かに落ちた。しかしそれだけではなかった。
「!!」
 真っ赤に染まった軍服の袖が、そこに落ちていた。赤いのは、床に広がった僕の血のせいだけれども、それだけじゃない。
 このナイフに、ごどん、などという音を立てるような立派な柄はついていなかった。
 ナイフを握る、軍服の袖の切れ端から覗いたのは、筋肉がついて引き締まった、誰かの右腕だった。
 誰か、なんて考えなくてもわかる。どうして落ちたのかも。
 悲鳴を上げそうになる。事故で腕を切断した患者を診たことはある。小さい頃から診療所に出入りしていたからか、今更そんなものにそこまで驚いたりすることはない。
 僕が、驚いたのは。
「大好きな姉さんが化け物だって知って、さすがにショックだろう?」
 あの男の声。僕の位置からは顔は見えない。腕を捻り落とされ、壁に打ち付けられてるとは思えない、はっきりした声だった。だけれど、その口調はさっきまでとは明らかに違っていた。
「そうだ、化け物だ。この尖った耳、血のような赫の眼と金の眼。人間なわけがないだろう?」
「違う」
「何が違う? 契約封じの結界の中で自在に魔法を使い、瀕死の人間を簡単に蘇らせ、人の腕を手も触れずに捻じ切って」
「違う……」
「気付いただろう? この女の父親は魔族」
 気付いている。でもそれがなんだ。
 この男の言葉を聞くうち、捻り切られた腕を見て、ショックを受けてしまったことを後悔した。僕を守ろうとしてやってくれたことは間違いないのに。
 それで僕が驚いたりなんかしたら、どれだけフィズは傷ついただろう。
 フィズを追い込むように、嘲笑と、確かな愉悦の混じった声で、男は続けた。
「それも、ただの魔族じゃない。ヴァルナムの統率者、あらゆる人間の仇敵がこいつの父親だ」
「やめてぇぇぇぇ!!!!」
 フィズの悲痛な叫び声でも、その言葉は掻き消されなかった。
 もうショックは受けなかった。驚かないといったら嘘になるけれど。
 ただ、妙に納得しただけだ。フィズが自分の両親を知らないと言い張っていた理由。
 化け物呼ばわり、好奇の目、家族がヴァルナムの魔族に殺された人間の憎悪。それを考えたら、積極的に明かしたい理由なんてないだろう。
 だとすれば、この間僕に話してくれようとしたことはなんだったのだろう。
 この話だとするなら、此処に来て必死に隠そうとした理由はなんだったんだろう。
 がたり、と音がした。フィズが、床に崩れ落ちていた。
 奇妙な笑いを口の端に浮かべて、両目に涙を浮かべて、力なくがっくりと、腕が床についていた。
「知られたくなかったんだろう? だから、あっさりついてきたんだもんな?」
「………」
 フィズは答えなかった。くぐもった嗚咽が、喉の奥から聞こえた。
「かわいそうにな。一番可愛がってたんだろう? あんなに懐かれて。ただの姉弟の関係には見えないぐらいにな?」
 下卑た声。さっきまでの冷徹な軍人の声とは違う。こちらが本性なのだろうか。ただ、他人を自分のために使える道具としてしか見なしていないだろう部分、すべての状況を周到に把握し利用する部分は、変わらなかった。
 相手を人として尊重できるなら、こんな酷いことできない。
「正体も知られてしまった。可愛い弟に化け物だと思われながら生きるのは辛いだろう? だから…」
「!!」