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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 足に激痛が走った。ふくらはぎを銃で撃たれたのだとわかるには、少し掛かった。自分も相当に傷んだ身体で、しかも片腕で銃を撃つのは無理があったのだろう。外したな、と特に悔しそうでもなく呟く声が聞こえた。もう一発銃声が聞こえる。今度はかすりもしなかった。
「もうこれは要らないだろう? 自分に懐いてくれない弟など。助けたところで向けられるのは恐怖だ。それにお前は耐えられない。そうだろう? 八年前の時は見られてなくて良かったな、楽しかっただろう? 遠慮せずに力を振るえるのは」
「黙りなさい」
「今更取り繕っても無駄だ。八年前のこと、どうせ話していないのだろう?」
 こんなに楽しそうに、人の傷を抉る人間を、僕は他に知らなかった。
「お前を狙ってきた連中にこいつが刺し殺されて、我を忘れたお前は全力で連中を返り討ちにした」
 言うな、黙れ。聞きたくないからじゃない。これ以上その言葉でフィズを傷つけるな。
「死者が八名、生存者はゼロ」
 フィズの表情に、絶望と怒りが入り混じった。この言葉が意味するのは、フィズがそいつらを皆殺しにしたという事実。
 フィズが人を殺した。
「この女は、人殺しだ」
 強調するように、この男は言った。
「八人の命を事もなく奪った。それでも、さっきみたいな台詞を恥ずかしげもなく言えるのか? ……ああ、もう声が出ないのか。良かったな。弟からとどめの一言をもらわずに済んで。こいつ普通に喋れていたら、なんて言ってただろうな。それとも、何も言わずに逃げ出すかな。怯え切った顔をして」
「……………」
「お前の最後の拠り所は、もう壊れたんだ。お前が戻ると言い出したために。お前がこいつのことで、怒りに自分を抑えられなかったために」
「……………」
「お前の居場所なんて、もう何処にもないんだよ。阿婆擦れ女と魔族の主の娘が」
 フィズは、言い返さなかった。空っぽになった表情で、動かなかった。
 誰かを傷つけるためだけの言葉。一言一言が、フィズの心を切り刻み、殴り、ひき潰していく。
 逆に、冷静になれた。
 どんな事情があっても人を殺してはいけないなんて奇麗事を言うつもりも、しょうがないことだよと言うつもりもない。
 僕にできるのは、過去も、現在も未来もひっくるめて、フィズを受け止めること。その手を離さないこと。それだけ。
 殺人を犯した事実があっても、今まで僕が見てきたフィズが嘘だとは思わない。
 それに、その殺人が、僕が自分の身を自分で守れなかったために引き起こされてしまったものだとするなら、どうしてそれをフィズにだけ背負わせることが許されるだろうか。それの半分を背負わせてくれなかったのは、やっぱり僕が弱くて、フィズが頼るに値しなかったからなのだろうけれど。
 フィズに駆け寄りたかった。大丈夫だよと言ってあげたかった。だけど、体が動かなかった。
 先程撃たれた足からは、僅かだけれど出血もあった。痛みは十分すぎるほどにあり、血は足りない。
「じゃあ、もうこいつは要らないな」
 いつの間にか、声がすぐそばまで来ていた。こめかみに冷たい感覚が押し付けられる。これだけ近ければ、外さないだろう。
「か弱いガキが。あの世で自分の弱さと姉ちゃんを恨むんだな」
 けれど、不安は小さかった。なんとかなる気がするというのが、捨てきれない。
 自分でなんとかしなければ、なんともならないって、知っているはずなのに。
 何もしてあげられないのに、傷つける為の道具として利用されて、足を引っ張ってしかいないのに。
 それでも、フィズがなんとかしてくれるだなんて、都合の良い考えを捨てきれない、自分が嫌だった。
 こんなだから、フィズを守れない。
「なにをするっ」
 なんとか振り上げた腕は、あの男の腕がなくなった肩に当たった。血と肉の嫌な感触が手に触れた。流石に此処まで張っていた虚勢が崩れたのか、小さな悲鳴が聞こえた。
「大人しく死んでいればいいのに」
 呪詛のような言葉。銃声が聞こえた。少し首をかすめて、床に跳ね返った。
 フィズがその様子を呆然と見ていた。目を見開いて。震えながら。
 声さえ出てくれれば。こんな男の言っていた事なんてでたらめだと。
 僕がフィズを化け物だなんて思っていないと。
 たとえ何があっても、僕はフィズと一緒にいると、伝えられるのに。
 そばに行きたくて、手を伸ばす。足の上に馬乗りになられてしまって、動けない。
 今此処で殺されるのは、最悪だ。フィズを傷つけたままなんて、終われない。
「殺してやる」
 男の声が耳に入った。再び銃口が当てられている。だけど、覚悟なんてできやしなかった。
 一瞬目を閉じて、もう一度目を開けた。目の前から、フィズの姿が消えていた。
 足の上から重さが消えていた。冷たい銃の感触も。
 どん、という大きな音がして、再び、男は壁に叩きつけられていた。
 視界からフィズが消えた、というのは間違いだった。立ち上がったから、見えなくなっていたのだ。なんとか目を周囲に向ける。手を伸ばせばギリギリ触れられる位置に、フィズはいた。
 残りの力をすべて振り絞って、フィズの足に手が触れる。
「…ィズ…」
 喉から、声を絞り出す。聞こえているかはわからない。
「………っと……いっしょ……いるから…」
 それでも、少しでも聞こえていることを願って。
「大丈夫……」
 そこで、僕の意識はぶつりと途切れた。