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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 結果的に助かったから言える事かもしれない。
 それでも、或いは助かった自分の命を危険に晒すことになっても、フィズを助けることをあの時僕は選んだから。
 その時にわかったから。自分を犠牲に相手を助けようとすることは、相手のためじゃない。ただの自己満足なのだと。
「でも」
「フィズがいつも一歩前に立っていてくれて、僕は何の心配もしないで、ただフィズと一緒に笑って過ごしてきて、それはとても幸せだったよ。でも、もうそれじゃあ嫌なんだ」
 銃を構えた手はそのまま、一歩だけ、距離を詰めた。
「僕はフィズの隣に立ちたい。今度は、支え合いたい。何があっても離れたくない、僕がずっとそばにいる!」
 言葉を惜しんでいる場合じゃない。僕が持てるすべてを使い果たしてでも、今此処で、フィズを取り戻せなければ、後悔なんかじゃ済まない。
「そう思ってなきゃ……此処まで来たりするもんか………」
 フィズからは目を、あの男からは銃口を逸らさない。どちらかでも逸らしたら、それは負けを意味している気がした。
「本当にそう思っているのだとしたらお前こそ愚かだ」
 シフト少将が言った。声から感情を読み取ることはできなかった。嘲っているのかどうかすらわからない。
「お前はこの娘が何者かを、知らないだろう」
「……やめて」
「この娘の母親は、精霊の血を引く元軍人の阿婆擦れ女。己の為なら例え敵であろうと誰とでも寝る我が軍の恥晒しだ」
「やめて」
「父親は」
 僕は、引き金を引いた。当たるとは思っていない。フィズにさえ当たらなければそれでいい。
「……フィズが止めて欲しいって言ってるでしょう。黙れ」
 シフト少将は僕を一瞥した。
「聞くのが、怖いんだろう」
「全然」
 僕は即答できた。できないわけがなかった。
「僕が聞いてショックを受けることがあるとすれば、実はフィズが僕のことを大嫌いだったとか、本当は軍のスパイだったとか、生活のためだけにあの家にいたとかそういうことがあったときだけです。そしてそれは絶対にないと信じてる」
「愚かな」
「愚かなのはあなただ。人を利用価値でしか測れない人間にはわかるはずがない」
 それに、僕はもうだいたい想像はついていた。
 フィズが僕に吐いていた嘘は、フィズは自分の両親が何者かを知らないということ。
 隠していたことは、それが何者なのか。多分この男の言ったとおり、母親は精霊と人間のハイブリッド、そして父親は、魔族なのだろう。
 長年戦争状態にある魔族を快く思っている人はほとんどいない。圧倒的な力は畏怖と憎悪の対象だ。僕らの街にハイブリッドは多いけれど、魔族のハイブリッドであることを大っぴらにしている人は確かに少ない。いないわけではないけれども。
 でもただそれだけの理由なら、話してくれない理由が思い当たらない。話せない理由は多分他にもいくつかあって、そのうちのひとつは、僕の弱さと情けなさだろう。
「フィズ」
「……何」
「嘘吐かれてたことだけは、少しだけショックだよ。でも怒ってない」
「…………………」
「僕が、情けなかったからだろ。いっつもなにからなにまでフィズに用意してもらった毎日を、特に深く考えもしないでただ楽しく生きてた」
 変えたいと願った、弱い自分。
「そのせいで、フィズが誰にも頼れなくてひとりで辛い目に遭ったりするのは、僕はもう嫌だ」
 願うだけじゃない。変わるんだ。
「まだまだ情けないし、頼りないし、それでも、僕はフィズに頼ってもらえるぐらいには、強くなるから。早く成長して、直ぐにフィズに追いつくから、だから」
「もういいよ、サザ」
 言葉は、途中で遮られた。
 もう駄目なのか。そう思ったとき。
「随分生意気言うじゃない、こっちが恥ずかしいよ」
 やっと振り向いてくれたその顔には、いろいろな表情が混ざり合っていた。口元は笑っているのに、宝石のような目には涙が溜まっていて。
「馬鹿馬鹿連呼して、……私は、まだそこまで落ちぶれてない」
 フィズはしっかりと顔を上げて、そして、あの男をじっと見据えた。
「やっぱり行きません。目が覚めました。こんな卑怯な手に引っ掛かってあっさり諦めるなんて、あんたみたいな悪人を増長させるだけですから」
「ほう」
「この子のお陰で、私は自分の大切なものの重みを思い出しました。大切なものは自分で守らなきゃいけないことも。だから、帰ります」
 言うと、シフト少将は少しだけ目を吊り上げた。初めて僕でもはっきりと読み取れた、嘲笑だった。
「そうか」
 耳を劈くような、早い音が聞こえた。
 そこから先のことを、僕ははっきりと覚えていない。次に襲ってきたのは、それだけで意識が吹っ飛びそうなほどの痛みと、生温かさ。一瞬世界が赤く染まって、そこから急激に白くなっていった。
「サザ!!!!」
 フィズの悲鳴が聞こえた。なんとか声は聞こえるけれど、視界が段々霞がかかったようにぼやけていく。
「心臓は外した。即死はしない」
 その言葉で、僕は撃たれたのだと気がついた。血がだくだくと流れて止まらない。まだ、生きてはいるけれど、なんだか物凄く寒かった。
「まだ死んではいない。お前の力なら、簡単に救えるだろう。ただ、此処は魔法が使えない場所だ。人間ならな」
 明らかな嘲りを含んだ声に、僕は酷く不快感を覚えた。意識が途切れる最期の瞬間に聞くのは、こいつの声でなければいいと思って、そこで思い直した。
 まだ、死にたくない。ここで死んだら、フィズは多分家には帰らない。本当に、ひとりぼっちになってしまう。
 フィズと一緒に生きると誓ったのに。
 あっさり策に嵌って足を引っ張って。信じてもらえないのも当たり前で。
 悔しい。でも、それ以上に。
 ただ、フィズを助けられないことが、一番辛かった。
 恐らくは軍に連れ去られ、楽しいことなどない環境にフィズをひとりにしてしまうことが、耐え難かった。
 フィズが何か叫んでいた。多分、僕の名前。だけどそれすら聞き取れない。
 せめて最期に聞こえたのが、あの男の声じゃなくて良かった、とは思えなかった。
 こんなの、嫌だ。
 死にたくない。
 視界が完全に消えて、此処に来て初めて僕はどうしようもない恐怖に襲われた。
 僕が、消えてなくなる恐怖。あんな小さな鉄の弾ひとつで、僕のすべてがこの世界から消え失せる。こんなにも簡単に。それは、他の何にも例えようのない圧倒的な恐怖だった。
 怖い、死にたくない。痛みなんかとっくに消えた。ひとつ感覚が消えていくたびに、この世界から隔絶されていく気がして、痛みがないことすら恐ろしかった。ばーちゃんが痛覚麻痺の魔法を嫌がる理由が、わかった。
 死にたくない。まだやりたいことがたくさんある。
 そういえば、やりたいことってなんだっけ。
 ばーちゃんみたいな医者になってみんなを助けてあげたい。これは、叶えた。でも、ちゃんと一人前の医者になって、もっとたくさんの人を救いたかった。
 そういえば、もっともっと小さな頃。じーちゃんの話を聞いて、世界中を旅してみたいと思ったことがあったのを思い出した。どうして忘れていたんだっけ。
 それから、それから。考えても、具体的なことは浮かんでこなかったけど、やり残したことは、こんなものじゃ足りない。