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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 狡猾、という言葉でも足りない。
 怒りよりも、驚愕に近い。どうして、どうしてそんな酷いことが平気で出来るんだ。
「レミゥちゃんを追い掛け回したことも、この為だったんですね」
「やはり利口だ。スラムに置いておくには勿体無い。諜報部に是非欲しい人材だ」
「どういうこと」
 フィズが、呆然と呟いた。正直、伝えたほうが良いのか、伝えないほうが良いのか、僕にはわからない。けれど、僕は自分の推測が当たっているのかを確かめたいという誘惑に抗えなかった。
 当たっていたところで、不快感と怒りが増すだけなのは、わかっていた。
「レミゥちゃんは、生餌。より大きな魚を狙うために釣り糸の先に付けられた小魚。この為に捕まえたのか、元々あなたたちに捕まっていたのか、そこまではわからない。けど、僕らの街に逃がしたのも、それを捕まえ損なったのも、わざと。街でそんな騒ぎが起きれば、どこの段階でかはともかく、間違いなく僕たちが出てくる。そして、確実に彼女を保護し、家族に迎え入れようとする。それから、家族のうち誰か手っ取り早く確保できそうなのを人質に取って、身柄の交換を要求する。人質は多分、僕でもスーでも構わなかったはずだ。ただ、外をひとりで歩いていたからスーを狙っただけ。そして」
 多分、この推測は間違っていない。そんな気がした。
 レミゥちゃんは、この作戦を知らないだろう。それどころか、レミゥちゃんを追いかけていた兵士たちですら、真相を知らなかった可能性がある。自分の手の内にある者ですら、命令ではなく、状況操作である特定の行動を取るように仕向けさせる。例えば、レミゥちゃんの脅威を煽ることで重装備をさせ、レミゥちゃんを捕まえることを防ぐ。偶然か事故に見せかけて脱出できる状況を作り上げ、レミゥちゃんがこの街に逃げるように仕向ける。それは、あくまでその対象が自分の意思で行う行動になるのだから、稚拙な演技や、口を滑らすなどして情報が漏洩することを確実に防ぐことが出来る。しかも自分の意思だと思っているのだから、行動に迷いがない。
 僕はちらりとこの男の耳を見た。人間であることを示す、縦長の楕円形の耳朶だった。
「あくまでもレミゥちゃんの引渡しを望んでいるように振舞い、僕らが妹を奪還するように仕向ける。そして僕らの誰かを基地の中に誘い込んだ段階で、建物の破壊の用意があることを告げ、姉の身柄を要求する。……初めから、それが目的だったんでしょう? 仮に失敗してレミゥちゃんを大人しく差し出されたとしても、どちらにしても、損はしないで終わる」
 僕は、言わなかったことがいくつかあった。
 態々そんなまどろっこしい手段を取ったのは何故か。初めから僕とスーの両方をさらった場合でも、人質の人数自体は変わらない。それでも、そこには確かに理由があった。
 一つ目は、魔法が使えない場所であることを意識させ、実際にスーを奪還に向かう誰かとフィズたちを引き離すこと。フィズから攻撃を受ける危険性を小さくしつつ、より多くの人質を確保できる。もしも予想に反してフィズが奪還に来たのであれば、それはそれでフィズを確保すればいいだけのこと。これは多分、フィズが知っても問題のない部分。
 二つ目は、フィズを精神的に追い込み、最終的に確実に「私が行きます」と言わせるため。フィズと似たような生まれのレミゥちゃんを使うこと、交渉での揺さぶり、スーの誘拐という極限の状況。
 見事に、いっそ清清しいほど見事に、僕らはこの男の掌の上で踊らされていたのだ。
 どうしてフィズをそこまで手に入れようとしているのかはわからない。ハイブリッドというだけだったら、それこそレミゥちゃんで十分なはずだ。そのあたりが埋まって来なかったから、多分、気付けなかった。
「気付くのが遅すぎたな」
 わかってる。
 気付いても、怒りと不快感しか沸いてこないことだって。
 今後同様の事態を防ぐことは出来ても、今此処でこの状況の打開の一手とはならない。
 僕は銃を構えた。撃っても当たらないだろうし、それどころか、フィズに当たる危険もある。
「フィズを返してください」
 神経が昂ぶっている。背中にいるはずのスーの重みを感じないでいられるほど。
「そこまで頭が回るなら、そんなことをしても無駄だとわかるのではないか?」
 それはその通り。冷徹になれるなら。
「買いかぶりすぎですよ」
 銃の使い方を、もっとちゃんと身につけておけば良かった。動かし方とその機構なら知っている。照準を合わせる方法も、そこから推定できる。けれど、それを操る実戦でのコツまでは、知らない。相手がどう動くかを予測する方法を、僕は知らない。
 考えろ。考えろ。なんとかこの状況を打開する方法を。フィズを取り戻す方法を。そしてできれば、二度とこの男がフィズを奪おうなどと思わないようにする方法を。
 どうすればいい。それには、大事な情報がひとつ欠けている。それさえわかれば、考えようもあるのに。
「お前は、この娘が軍事上どれだけの価値を持つかを知らない」
 僕の思考を読んだかのように、シフト少将は言った。
「お前たちのようなものに扱えるものではない」
 多分、レミゥちゃんと出会う前にいきなりこの言葉を聞かされても、僕には意味が取れなかっただろう。
 今は、わかる。この男が、たとえ人間であってもそれが利用価値のある「物」としか見ていないことを、知っているから。
 生物兵器、或いは実験動物。若しくはその両方。
「あなたは、人をなんだと思ってるんですか」
 馬鹿な質問だ。答えのわかりきっている質問。そしてその答えが返ってきたところで、良いことは何もない。
 胃の中でふつふつと煮えたぎるような怒りの火に、油をぶちまけるだけだ。
 だから、答えを待たなかった。
「最低ですね」
 最低だ。最低なんて言葉でも足りない。
 相手の人間性も、僕の愚鈍さも。
 フィズの顔を見て、僕はそれに気付いた。
「……ってことは、私が居なければ、みんなが危ない目に遭わないで済むんだね」
 フィズがそう呟いたとき、僕は今の言葉を、自分へも向けることとなった。
 フィズは顔を上げなかった。誰の顔も見てはいなかった。
「ごめんね、サザ。いつもいつも、私のせいで危ない目に遭わせて」
 灰色の地面に、小さな染みができた。フィズが、泣いていた。
「私のせいだ。だから、もういいよ」
 何が、もういいんだよ。わからない。言葉が、出てこなかった。
「あんたと一緒だった十三年、すごく楽しかったよ。あんたがいてくれたから、私は笑って生きてこれた。だから、もう、いいの」
「いいわけ……ないだろ」
 声は絞り出すようで、フィズの耳には届かなかった。喉が潰されたように、声が出なかった。
「ごめんね、ありがとう。……さよなら」
 足は動く。頭が働く。その言葉を取り消してほしくて。
 ここでスーを人質に取られようものならあまりにも打つ手がなくなる。走るときには速度を犠牲にすることも頭に置きつつ、スーを背負ったまま、僕は一歩、ふたりに詰め寄った。
「嫌だ」
 まだ小さいけれど、今度はフィズに聞こえるぐらいの声が出た。
「お詫びもお礼もいらない。さよならは絶対に嫌だ」