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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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4. 誰がために


 わざわざ三日後と指定してきたのは、奴らが僕らを迎える準備をするためか、それともフィズかレミゥちゃんの覚悟を固めさせるためなのか。ともかく残りの二日間を、僕らもスー奪還のための準備で過ごした。
 中心になって話と意見を取りまとめていたのはじーちゃんだった。フィズはしばしば突飛な案を出してはじーちゃんに却下されていたが、その中でも部分的に使える意見は採用された。
 じっくりと考えるという作業に不慣れなフィズの突拍子もない意見は、固定観念や先入観に捕らわれた発想とはまた違う視点をもたらしてくれることもあり、そこから新しいアイディアが沸いて出ることもあった。レミゥちゃんもせっせとお茶を淹れてくれたり、家の掃除をしていたりしてくれていた。もしかしたら、手持ち無沙汰なのが嫌だったのかもしれない。
 僕らの結論は揺るがなかった。スーは奪い返す。そして、フィズもレミゥちゃんも絶対に渡さない。
 用意できたものは、それなりの刃物と、遠距離戦用に短銃、それからありあわせの材料で僕が作った爆弾。なんとも心許無いが、ないよりはましなはずだ。
 そして大まかな基地の見取り図。どの部屋になんの施設があるのかがわからないのは辛いが、壁の位置がわかるだけでも大分違う。また、イスクさんの見取り図を基に、じーちゃんは一晩を掛けて、軍の基地の一般的な部屋配置のパターンと組み合わせて、部屋割りの推定を行った。予想される配置を三つに絞込み、基本的な作戦をそれぞれの地図にあわせてアレンジした。
 スー奪還の実行役は、僕が手を挙げた。純粋に、魔法抜きの体力だけなら、少なくともこの家の中では僕が一番ましなはずだから。


 僕らは基地の前で、誰かが出てくるのを待った。重い扉が開いて、シフト少将が一人で出てくる。扉は開けっぱなし。
 フィズの合図で、僕は建物に入り込んだ。なるべく足音の立たない靴で、初めは静かに、周りに誰もいなくなってからは全力で走った。
 僕一人。隠れつつ走って逃げる、というシンプルな作戦に、人手はいらない。誰か一人でも帰れなくなる可能性を最小に留めるために。
 この建物は一本の長い廊下とその廊下沿いにいくつかの部屋がある、というつくりになっているようだった。周りを見ながら走る。人気のない部屋をひとつ覗くと、長いこと使われた形跡はなく、埃が堆く積もったおそらくはそこはかつて救護用として使われていたのだろうベッドが残されていた。
 これで、じーちゃんの予測した部屋割りのうち、ニパターンにまで絞り込める。
 硬い白い床を一歩踏みしめるたびに、円を描くように建てられた長い廊下に音が反響するような気がして、しかしその考えを振り切る。フィズとばーちゃんがいつまで時間を稼げるかはわからない。急がなくては。
 実にシンプルな作戦だ。だからこそ、イスクさんの見取り図とじーちゃんの部屋割り予測は必須だった。
 長い廊下を走りつつ、横にある部屋を覗いてスーがいないかを探す。スーを見つけた時点でその場に爆弾を仕掛けてまたもとの道を逆走、おそらくはその音に釣られて集まってくるだろう軍人たちを、部屋に隠れてやり過ごし、どさくさに紛れて脱出する。よくよく考えなくても無謀な作戦だったかもしれない。建物の音の反響を考えると、爆発音は多分外まで聞こえる。もしシフト少将が中に戻ったら、建物の影に隠れていたじーちゃんがありったけの火薬と魔法でもって建物をぶち壊しにかかり、見事壊れて結界を無効化できた場合はじーちゃんとフィズも乱入し、僕らと合流する。
 他に手はなかったのかと言われれば、いろいろ考えはしたのだ。たとえば、交渉役として出てきた人を捕まえて人質にするだとか。しかし向こうは軍人、しかも小さな女の子を平然と実験動物扱いするような連中だ。人質が効果を発揮するかどうか、と言われると、頷けない。
 全員を外におびき出して魔法で一掃できればそれも楽なのだが、その場合うっかりひとりでも中に残っていた場合、スーの身に危険が及ぶ可能性が高まる気がした。だいたい、どうすれば全員を外に引きずり出せるだろうか。自分が誘拐犯の立場であれば、少なくとも最重要カードであるところのスーは、自分たちの縄張りのできるだけ安全なところに置いておきたい。それを奪われてしまえばすべてが終わるのだから。だとすれば、スーの見張り役が中から出てくるとは思えない。フィズかレミゥちゃんと交換になった場合、ふたりのどちらかをスーを監視している部屋に連れて行き、その場でスーを解放するのではないだろうか。
 しかし、この取引が本当に上手く行くと、連中は踏んでいるのだろうか。
 人一人と人一人の交換。人と金銭の交換なら黙って差し出すけれど。
 客観的に考えて、答えはYesだった。その場合、確実に交換条件となるのはレミゥちゃんだろう。
 ずっと育ててきた末娘と、ついさっき転がり込んできたばかりの見ず知らずの子ども。ただ無条件に差し出すよう要求される場合なら断ることもあるだろうが、娘と交換と言われれば普通ならばほぼ間違いなく差し出すだろう。その小さな身に待っているであろう残酷な末路を想像して心を痛めながらも。
 それでも、保護を求める小さな子どもは全員がうちの子。これが、シャズル一家のルールだった。ばーちゃんも、僕たちも、そうやってこの家の子どもになったのだから。レミゥちゃんが希望するならば、この一件が無事に片付いた暁には、レミゥちゃんは僕らの末妹となる。
 それに、あの子を見つけて保護しておいて、簡単に見捨てるようなことはできなかった。一度頭を撫でてしまった子を、実験動物扱いするような連中に引き渡すことなんてできない。それにあの子を引き換えにして助けられても、多分スーは喜ばないだろう。スーが喜ぶのはきっと、スーがあの子の姉になれた時だ。
 だから、僕は走る。これ以上ないほどのシンプルな作戦だけを抱えて。
 ほとんど人の気配はないが、まさかシフト少将の独断ということはないだろう。他の人の足音に注意を払いながら、走る。見つかってしまったときの為に一応武器はあるが、軍人相手に武器の扱いで勝てるとは思わないので、できれば出番が来ないことを願った。
 走って、走って。不気味なくらい静かで、僕はなにか大事なことを見落としているのではないかという不安に駆られた。それぐらい、あまりにも順調だった。誰かに見つかることもなく、罠も仕掛けられてはおらず、警報が鳴り響くこともない。スーの周りには流石に見張りのひとりやふたりは最低でもいるだろうけれど、それにしたって静か過ぎるくらいに静かだった。