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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 僕は口出しなんてできなかった。普段自分の美しさを売り物にしている女の人たちの化粧術は見事だった。正直、鏡に映った女の子を、僕は僕だと思えない。誰だよこの子。普通に可愛い。
 自分の顔立ちは、多分可もなく不可もない、地味なほうだと思う。それだけに描き甲斐があったのかもしれない。それと同時に、女の人が化粧で如何に化けるかが良くわかった。一応派手にならないようそれなりに控えめにしてもらった僕ですらこれだけ変わるのだ。女の人が本気になったらどれだけ変わるのだろう。想像するだに恐ろしい。
 彼女たちの手腕で「娼館の下働きの少女」に化けた僕は、フィズから預かった記録鉱石を小さな女物の手提げ籠に入れ、その上にハンカチで蓋をし、イスクさんの家へと向かった。
 作戦は、笑えるくらいに大成功だった。大笑いされたぐらいに、のほうが正しかったかもしれないが。
 誰から足止めを受けることもなく、僕はイスクさんからメモを受け取り、もう一度娼館に戻って着替えを済ませ、家に戻った。それなりに周囲に気を配りながら進んだのだけれど、過酷な仕事に病を患う人も少なくない娼館の奉公娘が薬屋に行くことに注意を払う人などいなかった。実際に薬も結構買った。カモフラージュのためだけではなく、娼館のマダムに頼まれたものも含んでいる。おじさんたちにはお使いメモに見せかけた手紙で状況を説明し、それに関する会話は一切なかった。おじさんとおばさんは必死で笑いを堪えていたが、店内に僕以外の客の姿はなく、たとえ周辺で張り込まれていたとしても見抜かれていない自信はあった。見た目で僕だとわかるのは会話や挙動から推測するよりももっと難しいだろう。なにせ、僕は今の姿を鏡で見ても、それを僕だと直ぐに理解できる自信がない。
「落としちゃうなんて勿体無い」「そのままで帰ったら?」「その格好だったらお店に出れるわ!」などという、娼婦の女性たちの言葉になんだかもう少しだけ悲しい気持ちになりながら、化粧落としを借りていつも通りの格好に戻った。
 それでも、作戦が上手く行った喜びは隠さない。家族の目を盗んで娼館に行った若い男が、がっくりと肩を落として帰ってきては逆に不自然だ。偽装のつもりだけではなく純粋にお土産の意味も込めて甘そうな果物をいくつか買って、僕は家に帰った。夜はもう結構な時間になっていて、正直お腹が空いていた。スーはちゃんと食事を与えてもらっているだろうか。そうであることを祈るしかなかった。
 帰宅して、イスクさんのメモを取り出す。そこには、建物の予想される大まかな壁の位置が、三パターンほど描かれていた。
「でかした!」
 期待通りの情報に、ばーちゃんとじーちゃんが手を打って喜んだ。勿論それぞれの部屋の中に何があるかだとか、扉に鍵があるかどうかなどはわからないけれど、回路の構造から推定される建物全体の構造がわかっただけでも、大きな進歩だった。
 僕だけ遅めの夕食を摂りながら、それから暫く作戦会議は続いたが、先程のような重苦しいものではなかった。
 その雰囲気作りにうっかり一役買ってしまったのは、メモと一緒に鞄からひらりと落ちた、一枚の写真だった。いつの間に荷物に忍ばされていたのか、そこに映っていたのは、あの下働きの少女らしき誰かさんだった。