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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 顔を近づけて呼びかける振りをするフィズ。距離が近いため、半分眠ったようなぼやけた視界でも、はっきりと顔が見える。ご丁寧に宝石の瞳の縁にうっすらとわざとらしくない程度に涙まで浮かべて、フィズは僕の手を握ってくれた。フィズに芝居の才能があるなんて今まで知らなかった、などと自分でもピントがずれているとわかる感想が浮かぶが、それは多分、眠くて眠くて仕方がないせいだと思う。
「悪いが、今お前たちと話し合ってる暇はない。帰っておくれ、薬さえ飲めば命に別状はないだろうが、少々手はかかるんだ」
 僕の看護をフィズに任せた、振りをしたばーちゃんが、少しだけ焦りを表情に浮かべた、振りをしているのだろう、シフト少将にそう告げた。
「……仕方がない。では、交渉はまた後日。失礼する」
 二度と来るな。そんな悪態を吐きたいがそんなことをすれば芝居がばれてしまうし、第一眠すぎて言葉を発することも出来ない。
 玄関のドアの音で、シフト少将が帰ったのを確認すると、安心したせいか、急激に眠気の度合いが高まっていく。僕の身体を支えてくれているフィズに体重を預けて、僕はそのまま意識を手放した。
 
 
 
 目が覚めた時には、既に陽が天辺に昇ろうかという時刻、自室のベッドの上だった。奇妙なくらいすっきりとした目覚めだった。
 昨日うっかり眠り込んでしまったときのままの服装で、寝苦しくないようにと思ってくれたのか、誰かがベルトとシャツのボタンを緩めてくれていた。それでも、寝巻きよりは素材が固いせいか、大きく伸びをするとあまり聞きたくない類の音があちこちの関節から聞こえる。ふわぁ、と間抜けな声が喉から漏れた。昨日は外出していたせいで、服もベットも僅かに埃っぽい。診療があった日に疲れて診察着のまま寝てしまったときの、薬臭い匂いよりはましかもしれないと思った。
 頭を整理する。まず、自分が何をやるか。魔法の副作用という性質ゆえか、いつもより熟睡できたらしい頭は寝起きのわりにはきちんと覚めている。身支度を整え、診療所に行くこと。多分フィズがひとりで診ていてくれているはずだが、昨日はレミゥちゃんの件で、結局今日来そうな僕の診ている患者さんのカルテを整理するのを忘れていた。少しでも早く準備を整え、診療所に行った方がいいだろう。
 それから、次に状況の確認。それは、診療の合間にフィズに聞けば良い。昨日の夜追い返した軍人たちがこんな時間に既に行動を起こしているとは思えないが、念のために。それに僕が寝てしまった後で、レミゥちゃんから新しい情報が聞けているかもしれない。
 レミゥちゃんと、あの涼しい顔をした軍人。シフト少将、と言ったか。どうやらあの男は、少なくともフィズやばーちゃんとは顔見知りであったようだ。
 そしてあの思い出すだけで怒りがふつふつと沸いてきそうな会話の一部始終を反芻したときに、僕はあることに気付いた。
 僕の知らない、ある事実を、あの男が知っている可能性だ。或いは、僕以外の全員が知っていて、僕にだけ伏せられていたのかもしれない。
 僕は多分、知っていても知らなくても構わないある事実。知ったところで何も変わらない。唯一気になることがあるとすれば、どうして誰もがそれを隠そうとしていたのか。そして、重要なことがあるとすれば、何故あの男がそれを知っているのか。
 あの発言の意図は、間違いなくフィズに対する揺さぶり。前後の会話を繋げれば、フィズはそのことを軍部、少なくともシフト少将が把握していることは、以前から知っているはずだ。
 僕だけが置き去りにされたような感覚。でもそれは仕方のないことだと頭を切り替える。現に、ついこの間までの僕は、置き去りにされていることにすら気付かないで、置きっ放しにされたその状態の先へ進まなさを、安心だと思っていたのだから。
 僕は今まで着ていた服を籠に放り込み、部屋の片隅に積んである洗濯済みの服の中から適当にシャツとズボンを選んだ。
 
 
 
 居間に置いてあった朝食を摂って、顔を洗って歯を磨く。最低限患者さんの前に出ても良い程度には身だしなみを整えて、薬品や血液避けの白衣を羽織った。
 診療所との仕切りになっているドアを開けると、待合室で三人ほどの患者さんが退屈そうに順番を待っていた。
「おお若先生、お早いことで」
「す、済みません。混んでますか?」
 ばーちゃんたちと同じ年頃の常連さんは笑って診察室の方向を手で指し示す。中からは子どもの泣き声。けが人のようだった。
「良いのか悪いのか、お嬢さんの領分の急患ばっかりが次から次へとやって来とるよ」
 小さな頃からフィズを知っているこの人たちの多くは、未だにフィズを親しみを込めて「お嬢さん」と呼ぶ。僕のことも昔はサザ坊、と呼んでいたのだけれど、いつの間にか「若先生」と呼ばれるようになった。この呼び名には早く先生と呼ばれるに相応しい医者になってくれ、という皆さんの親心に近い期待が込められている、らしい。
 待合室で待っていた常連さんのうち、一番早くに来た人を伴って、僕は静かに診察室へと入る。フィズの視線がちらっとこちらに向けられたけれども、直ぐに診察に戻った。
 問診と、状態のチェック。前回受診時と比べて良くも悪くもなっていないが、慢性の持病とはだいたいそんなようなものだ。そしてそのことはこの人がきちんと処方した薬を処方通りに飲んでくれていることを示す証拠でもある。僕はまた二十日分の薬を処方して、お大事にと声を掛けた。その間にフィズはもうひとりの患者さんの診療を始めていた。
 その間にも待合室には数人の患者さんがやってくる。いったん人がすべてはけた頃には、時刻は正午を回ろうとしていた。
「ふー、今日はまた盛況だったなぁ」
「お疲れ、フィズ」
 一足先に手が空いたので、フィズが居間に戻ってくる前にお茶の用意をしておいた。これから、なるべく手早く昼食を作らなくては。寝坊したせいか、正直あまりお腹は空いていないのだけれど、今食べておかないと午後に軽食をつまむ暇があるとは限らない。
 ちゃんとまっとうな時間に起きて朝食を摂ったのだろうフィズは、お茶を飲みつつテーブルの上に置いておいたビスケットを口に放り込んでいた。
「お腹空いた? 十分ぐらい待ってて」
 僕の寝坊も響いているのだろうか、本来なら休診時間だったはずの二時間のうち、半分が終わってしまっている。別に珍しいことでもないので、こういうときに手早く作れる献立が頭にいくつか浮かぶ。そんなに種類があるわけではないので、こんな日が数日続くとどうしてもメニューが同じような感じになってしまい、フィズから若干の不満が聞こえてくる。此処のところは、常連さんの数が減っていたこともあり、こんな日は久々だったのでその心配はないだろうと思う。
 卵を割り、適当に塩と胡椒で味付けをしてフライパンに。隣のコンロでパンの表面を焼きながらジャムの用意をし、卵を皿に移したら野菜を千切ってこちらも塩胡椒とチーズと油で味をつけて、よく混ぜる。パンに程よく焦げ目がついたら完成。それを一人分ずつ一枚の皿に乗せた。
「お待たせ」
「ん、ありがと」
 フィズは皿を受け取ると、まずはジャムをパンに塗り始めた。
「ねー、サザ」
「何?」