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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 先程のイスクさんの言葉が頭をよぎった。軍の動きと来れば、戦争以外に何がある。軍人の侵入を拒絶するこの街にいると忘れそうになる、休戦しているだけで戦争自体はまだ継続中なのだという事実。
 僕らは揃って黙り込んでしまった。どうやっても、あまり穏やかな方向に想像は転がりそうになかった。
 沈黙を破ったのは、二つの扉がほぼ同時に開く音。風呂場の引き戸と、玄関の扉と。
「ただいまー。あれ、みんな戻ってきて……」
 その後に何か続けようとしたらしい言葉は、僕らの暗い顔を見て引っ込んでしまったようだった。
「どうかしたの?」
 じーちゃんの目が鋭くなる。僕らが目にする姿は、うちに帰ってきて気を抜ききった、おちゃらけた姿ばかりだけれど、長い旅を無事に生きてきたということは、僕らの知らないような場を何度も潜り抜けてきているのだろう。そんなことを思わせる顔だった。
 そしてお風呂場の方からはまだ髪も生乾きのスーとレミゥちゃんが駆けて来る。そのレミゥちゃんを見て、じーちゃんは一瞬、表情を凍りつかせたように見えた。
「カラクラ、この子は?」
「……フィズラクとサザが拾ってきた子だよ。軍人どもに追っかけられてたんだそうだ」
 それを聞いて、じーちゃんは深く深くため息をついた。
「そうか」
 そして、間に数時間を挟み、気まずい夕食時に続く。
 三杯目のスープが空になり、しょうがないから四杯目を盛り付けるべきかどうしようか迷っているそのとき、玄関のノッカーの鳴る音が聞こえた。この居心地の悪い空気から逃げられると喜ぶほど僕は現状を楽観視していない。事前の連絡もなく夜にやってくる来客が、喜ばしい報せを持ってくることはほとんどないからだ。直ぐにばーちゃんと僕、フィズとじーちゃんは視線を合わせる。
「スゥファ」
「なに?」
 顔を上げる。そしてすぐにばーちゃんの険しい表情に気付いて、身を固めた。
「レミゥとふたりで、地下室に隠れてな。……食器だけ台所に片付けて」
「う、うん」
 スーに対して、こんな表情を見せることは滅多にない。そしてそこで駄々をこねたり怯えたりするほど、うちの家の子どもは愚かには育てられていないはずだ。ばーちゃんの立場から、子どもが会うべきでない来客がやってくることは決して珍しくない。その代わり、僕らが隠れているのに使っていた内側から鍵の掛かる地下室は、子どもたちが怖がらないようにランプで明るく照らし、冷たい石壁ではなくやわらかくて暖かな質感の木が張られている。話に時間が掛かったときのためにベッドもしつらえてあって、窓がないことと頑丈な扉、堅固な鍵を見なければ普通の部屋と変わらない。あと、簡単に区切った扉の向こうにトイレまで用意してある。元はこの街がスラムと呼ばれていて、来客も今より遥かに物騒だったころ、ばーちゃんの両親がばーちゃんのために作った隠し部屋だったそうだ。家を建て替えたときも、地下部分だけはそのまま残したので、小さな子どもだった頃のばーちゃんや、僕らが会ったことのないこの家のかつての子どもたちの落書きや遊んでつけてしまった傷などがそのまま残っている。
「フィズラクはおいで。……サザ、お前はどうする」
「行く」
 迷うこともない。以前だったら少しくらいは躊躇したかもしれないけれど。僕に何が出来るということもないけれど、その場にいなくては出来ることすら出来ない。
 スーたちが階段を下りて蓋をしたのを確認し、僕らは玄関へ向かった。
「こんな時間にどちら様だい」
 わかっているけれど、確認する。
「夜分に失礼する。シャズルさん」
 ドアを開けた先には、先程の重装備の連中とは違う、戦闘にはあまり適さなさそうな軍服を着た、五十前ぐらいの細身の男が立っていた。
司令官とかなのだろうか。あまり、最前線で戦う戦士、といった雰囲気も筋肉もない。ただ、腰元に下げた短銃が、この男が必要とあらば人殺しを厭わない立場の人間であることを明確に示していた。
「どうせお前だと思ったよ。何の用だい、小僧」
 軍と最前線で交渉をし続けてきた立場上だろうか、ばーちゃんはこの男のことを知っているようだった。男は表情を崩さず、淡々とした声で、話す。その感情の滲み出ない表情に、僕はばーちゃんの話に出てきた国軍の諜報員とか、暗殺者であるとか、そういった暗部の立場の人間を連想した。
「うちの部下が正式な手順を踏まずにこの街で活動したという非礼を詫びに」
「それだけじゃないだろう」
「それと、こちらが本題なのですが、その正式な手順を踏ませていただきに」
 男はばーちゃんを見た。ばーちゃんも目を逸らさない。
「戦時特例に基づいて、この街での活動許可を頂きたい。勿論、その中で街の住人や物品に危害を加えることはしない」
「当然だ。そんなことをすれば、あたしらはそれなりの手段を持って、お前たちをここから叩き出す」
 ばーちゃんが成立させた件の協定では、国全体が戦争状態にある場合、この街も巻き込まれて被害を受けかねないという理由のため、特例が設けてある。通常の状態であれば一切軍の公式の活動を認めず、通り道にすることすら許さないが、戦時中と判断される状況のときのみ、街の中での軍事行動を許可する代わりに他の街と同じように軍が敵軍から街を防衛するというものだ。ただし、責任者、現在であればばーちゃんの同意がなければそれも認められない。その代わり、その場合敵の攻撃や侵攻があろうと、軍は一切手助けすることなく街を見捨てる。
「それに、現在が戦時中だというのかい」
「戦争前状態ということで、徐々に準備を進めているところです。敵は北のヴァルナム。魔族の国です」
 男は、否定も隠しもせず、あっさりと機密事項であろうことを話した。そのことに僕は若干の驚きを感じた。軍の機密情報というのは、もっと厳しいものだと思っていたから。
 それ以上にショックを受けたのは、戦争前状態という言葉だった。軍属にかなり近い立場であるイスクさんは、多分具体的な開戦時期はともかく、戦争が近いことは知っていたのだろう。
 戦争が終わったわけではないことは知識として知っていた。それでも、僕が生まれてからは一度も大掛かりな戦闘はなく、なんとなく、このままの状態が続くのではないかと漠然と思っていた。考えてすらいなかった。
 変わらない日常だと感じているものは、思っているよりも脆い。そのことは、この間痛いほどわかったつもりだったけれど、まさか自分の手の届かないところでそんな大きな事態が動いているとは思いもよらなかった。そして僕たちの手の届かないところで勝手に始まるそれは、僕たちの日常を完膚なきまでに崩壊させてしまう可能性を持つ。
 そのことを、その事態に手の届く立場の人間は、どう思っているのだろうか。目の前に居る涼しい顔をした男は、どう感じているのだろうか。
「実行したい作戦は、ある実験動物の確保」