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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 回路を組み立てながら思ったのは、これは技術力というよりも発想力の分野だな、ということ。回路自体はさして複雑なものではない。そしてもしそうだとするならば、イスクさんは本当の天才なのだろうなということだった。複雑なものを作れば複雑なことはできる。単純なものでより大きな成果を出すことが出来るとすれば、それは本当に頭が良くなければできないことだ。
 後半の講義が終わり、僕らが部屋を出ると、フィズがイスクさんのお父さんとお茶を片手に談笑していた。談笑とはいいつつ、お互いになにやら悪い笑顔を浮かべているのは、それがお金儲けの算段だからなのだろう。かつて、フィズが新薬の製法で大儲けをしたときにその片棒を担ぎ、年収に匹敵するぐらいの収入を稼いだのはイスクさんのご両親だ。彼らはそれを「イスクの嫁入り資金だ」といって、大事に貯めこんでいるらしい。
「楽しそうね」
 イスクさんが声を掛けると、急にそれが満面の笑みに変わった。この人は、街でも有名な親馬鹿なのだ。ついでにフィズに対しての師匠馬鹿でもある。情が深いタイプなのだろう。
「おやイスクにサザ坊。勉強はもう終わったのか?」
「うん。あんまりフィズラクを待たせちゃ悪いしね」
 言うとフィズはにやりと笑う。
「大人の話し合いの真っ最中だからもう少し時間掛かっても良かったのに」
「……今度は一体どこから巻き上げるつもりだよ」
「巻き上げるだなんて人聞きの悪い。正統なお取引の計画よ。大丈夫大丈夫、あれぐらい王族の息の掛かっている連中には大した負担じゃないし。まぁ目をつけられない程度に、稼がせてもらおうかな、と」
「…………」
 フィズが売りつけた新薬で彼らがある程度儲けたというのは事実だろう。それにしても、国内の一般的な地域と比べて物価の安いこの街の個人が持つには多すぎるほどの現金を稼いだというのもまた事実。もっとも、それ目当てでうちに忍び込む命知らずな泥棒がこの街にいるとは思えないけれども。あまりにもリスクとリターンが釣り合わない。
「じゃあおじさん、またね」
 そういってフィズはカップを置き、席を立った。
「ああ。今度はゆっくりおいで」
 おじさんが重い腰を浮かせながら手を振る。フィズも笑って手を振った。
 イスクさんは手早く薄手のコートを羽織り、バッグを手に持つ。どちらもこの街では滅多に見ないいいものだ。けれど、それでイスクさんの家が金目当ての強盗に襲われたという話は聞かない。おじさんたちは例の一儲けのことを隠しているし、イスクさんに貴族の恋人が出来たという噂が広まりつつあるため、現金が此処にあるとは誰も思わない。彼女の親友であるフィズの存在もちらつくし、イスクさん自体も相当な曲者だ。そしてそのイスクさんを育てたご両親も、一見人の良さそうな薬師にしか見えないようでいて、一人娘のイスクさんの安全を守るためなら手段を選ばないところがある。需要はあれど間違っても売ってはいけなさそうな薬を、彼らは自宅内にいくつも隠し持っているというもっぱらの評判だ。勿論、目的はイスクさんの安全な日常の保証。これを思うと、よくぞジェンシオノ氏はイスクさんとの交際を認めさせたものだなぁと思う。一体どんな裏技を使ったというのだろう。一番有効なのはイスクさんによる泣き落としだろうが、場合によってはイスクさんに気付かれずにジェンシオノ氏をこっそりと亡き者にするぐらい可能なのではないかと僕は思う。フィズの言葉を信じるのならばジェンシオノ氏は貴族の生まれではあるものの勘当されている身分であり、研究一筋に実力で今の地位を築いているため、そこまで怪しい後ろ盾はないらしい。あからさまに殺されたのであれば、他国の刺客を疑い、軍が動き出す可能性はあるが、自然死に見せかけて殺すくらいわけもないのではないか。
 などと物騒な想像を張り巡らせているうちに、イスクさんの出かける準備も終わったらしい。僕はフィズの買ってきたものを半分持って、イスクさんの家を出た。ふと覗き込むと収納用の引き出しや箱に混じって、変なお守りだとか、記録鉱石だとかが転がっている。これは片付きそうもないな、と、頭の中の午後にやらなければならない仕事リストにひとつ作業を書き加えた。
 
 
 
 イスクさんが見つけた新しい食堂で昼食を摂り、その場で僕らはイスクさんと別れて家路についた。
 フィズにしても早く帰って片付けなければ部屋の荷物を改められてしまうし、僕は僕でやらなければならない仕事が山積みだ。今日学んだことの復習も忘れる前にしておきたい。
「美味しかったね、あれどこの料理かな」
 イスクさんの連れて行ってくれた食堂では、今まで見たことのない料理が出てきた。美味しかったが食材や調理法を考える限りさほど原価がかかっているとは思えないので、この街の発展に伴って城下町から降りてきた料理とは思えない。だとすると、別の地域で比較的日常的に食べられているものなのではないかという気がした。
「今度じーちゃん連れて行ってみようよ。じーちゃんなら世界中何処の料理でも知ってそうだし」
「ん、そうだね。それならせっかくだからばーちゃんとスーも連れてみんなで行こうよ」
 僕は頷く。家族皆で外食なんて、ほとんどしたことがない。そんなことをせずともばーちゃんは料理上手だし、僕も一応それなりにはできている、はずだ。献立の選択以外でフィズに文句を言われたことは今のところない。
 けれど、たまにはそういうのも悪くないのではないか。そんなことを考えた。
 あまり考えたくはないけれど、十年後までばーちゃんとじーちゃんが元気でいてくれる保証はどこにもない。そもそも、僕らだって明日突然不慮の事故で死んでしまわないとは限らない。実際僕は小さな頃に事故で死んだことがあるのだし、その事故の結果、ついこの間、僕は危うくフィズを永遠に喪ってしまうところだったのだから。
 縁起でもない。でも後悔したくない。
「うん、近いうちに、なるべく早く」
 そんな思いがあって、僕はそう答えた。
「そうね、人入らなくて潰れちゃったら困るしね。……あー、いい天気」
 僕の言葉を違う風に解釈したようで、フィズはそう返した。そしてのんびりとあくびをする。訂正はしない。僕自身、どうしてたかが外食ぐらいでこんな思いになるのか、という気持ちがあるからだ。ほぼ確実に、あの冬の一件が原因ではあるのだろうけれど。
 普段意識していたほうがいいのか、しないほうがいいのか、それすらわからない。けれど、あまりにもついこの間までの僕は、僕を取り巻くすべてのものを、当たり前のものだと思い過ぎていた気がする。それは、守る努力をしなければ容易に失われてしまうものだなんて、気付きもしないで。
「こんな日が、ずーっと続けばいいのになぁ」
 フィズがなんでもなく呟いたその言葉は、僕をどきりとさせた。思わず、「え、なんで」と尋ねてしまう。フィズはきょとんとした顔で、至極当たり前の言葉を返してきた。
「やっと冬が終わったのに、あっという間に春も夏も秋も過ぎて、直ぐ冬になっちゃうじゃない。もっと暖かい日が続いたほうがいいよ。そのほうが植物だって良く育つはずだし、絶対生活も良くなると思うよ」