閉じられた世界の片隅から(2)
「より少ない魔力で、より大きな現象を起こせるということですね」
「正解よ」
やはり、食わず嫌いだったのかもしれない。きちんと系統立てて勉強していけば、飲み込んでいける。
「だから魔族の魔法は、とてつもない威力を誇る。魔人にはない二つの角が、それに関わっているとも言われているけれど研究はまだないわ。けれど、普通それだけの能力を持っていれば、北の小国に身を寄せ合って生活なんかしていないわよね」
一拍置いて、イスクさんは続けた。
「魔族の弱点。それは、体力のなさと寿命の短さ。短いといっても人間と同じぐらいか少し長いぐらいだけれど、自分たちを虐げた精霊や魔人に反旗を翻すには、短すぎるの。寿命の短さは、そのまま文化発展の障害になるわ。どんなに才能溢れる個人も、次々新たな発見をしていられる時間には限りがある。それを継ぐべき個人も、まずは今までの蓄積を学ぶところから始まって、そこから先へ進めるようになってからの時間は長くない。どんなに継承に躍起になろうと、どれだけ優秀な教育者がいようと、それは、変えられないわ」
人間の寿命は普通六、七十年。どれだけ頑張っても百年がせいぜいだ。魔族でも同じぐらいだとすると、千年を生きる魔人や精霊の前では同時に生まれた子どもが、まだ小さな子どものままでいるぐらいの時間なのだろう。その間に出来ることなど、たかが知れているのかもしれない。
「勿論、蓄積も発展も無駄にはならない。それでも、たった三百年ぐらいの間、魔人の赤ん坊がやっとやっと大人になるぐらいの時間で、彼らに追いつくことなんてできないわ」
反旗を翻す、追いつく。そんな言葉がいくつか出てきたところで、僕はふと気がついた。
「魔族は、魔人か精霊から支配されている階級だったんですか?」
イスクさんは、少しだけ考えて、答えてくれた。
「支配、というと少し違うかしら。……考えてみて、人間が、自分の寿命の一割にも満たない動物を、対等の友人として扱うことができて?」
「ああ」
そうか。支配などという言葉すら似合わない。
「家畜に近いわ。それでも、気の毒なことに支配階級の数的には大多数を占める低位の精霊たちよりは、余程知能も高く、物質と現象を操る能力だけなら、魔人とだって場合によっては互角以上に渡り合えるぐらいなのに。まあいつの時代でも、どの種族でも、自分たちとまったく違うならまだしも、どこか似ているのに少しだけ違う相手に対して嫌悪感を持ったり、畏怖したり、逆に貶めたりするのは同じことよ」
そう言いながら、イスクさんがその尖った耳を少し指でなぞっているのに、僕は気がついた。この街でばーちゃんの庇護の中にある限り、そのような視線にさらされることはなくとも、国立の研究所であったらどうだろうか。フィズやイスクさんみたいな存在が捨て子としてこの街に多くいるのは、必ずしも望まない妊娠や不義の子であるということだけが原因ではないのだろう。
「幾度も幾度も反乱は起きたわ。それでも、魔族が一生をかけて戦った戦争でも、魔人や精霊の長い命の中では、短期的な暴動に過ぎない。一時的には甚大な被害を受けることは勿論あったけれど、持久戦になれば圧倒的に魔族が不利だわ。だから、長いこと被支配階級、いえ、家畜から抜け出せなかった。変わったのは、七十年前のこと。ひとりの革命家が全員を率いて、要塞を作ったの。人間の学者を引き込んだみたいで、精霊に対しては絶大な効果を発揮する防御術式を開発してその侵入を防いだ」
短期戦で圧倒的な強さを発揮する魔族たちの要塞は、攻めれば攻めるほど魔人や精霊側の被害が拡大していく。
やがて小さな要塞はその周囲に食糧生産の設備や商業施設ができて、小さな軍事国家となっていった。手を出すことを諦めた魔人や精霊たちは魔族の自滅を待つことにしたらしい。どんなに強い国家でも、千年持続することはまずない。甚大な被害を受けてまで、そんなに慌てて殲滅することもない。時がやがてすべてを解決してくれるだろう。どうせ自分たちに歯向かってさえこなければ害はないのだし、それ以上に、彼らには時間はいくらでもあった。
「これで、安定したはずだったの。でも」
魔人たちの誤算だったのか、それともこのことまで織り込み済みなのか、それは僕らには知ることは多分できない。
「今度は、魔族と人間の利害が対立し始めた」
魔族の中には、少ない寿命を補うため、積極的に人間と契約を結び、それなりに友好的な関係を持っていたものもいたし、今でもそういう変り種はいる。この街でもちらほら見かける、魔族と人間のハイブリッドは、そう言った魔族を片親に持っていることもある。
それでも、それは村娘と恋に落ちる敵国の兵士と同じぐらいの割合でしか存在しないだろう。或いは、もっと少ないかもしれない。
ここから先は、僕もある程度は知っている。魔人たちに抗うにはあまりにも短い寿命という自分たちの弱点を補うために、他の生物を襲い始めた。強制的に契約を結ばせ、生命力を奪い取る。それは僕らが健康食品や不老長寿の薬を求めて動物を殺すのと同じことであったと思う。それでも、その矛先が人間に向けられれば、黙っていろというのは難しかった。寿命が近く、また魔族たちが北の鉱物資源が豊富なあたりに居を構えたこともあり、人間と魔族、国家間対立としてはこの国と小さな軍事国家ヴァルナムの間では戦争が始まる。ほぼ同じ時を生きる魔族と人間の戦いは、本物の戦争であった。
戦争が始まったのが約五十年ほど前。それから数年ずつ、何度かの休戦期間を経て、戦争は継続している。二十年続く長い休戦期間は、開戦以来初めてのことだ。
僕たちは戦争を直接は知らない。それでも、いつそれが起きるかはわからない。そして起きたとき、最前線になるのは、人間の住むある程度の強国の中では最北に位置するこの国だ。
人間と魔族の戦争など、魔人や精霊から見れば、虫同士の争いに等しいのかもしれない。それでも、僕らの命は、未来は、確実にそれに左右される。
「はぁ」
イスクさんは小さなため息をついて、そして気分を切り替えるように笑った。
「じゃあ、実際に回路の説明に入りましょうか。それとも、その前に少し休憩する?」
疲れる話はこれでおしまい、とばかりに。
僕は頷き、五分間の休憩に入った。
休憩があけてからは実践的な内容を。
回路の構造、それが意味する作用、それらのひとつひとつ学びながら、回路を組み立てていく。一応僕が課題として持ってきた回路も、それなりにうまく動作した。細かい作業は好きなので、この手のことは大好きだ。壊れた機械を分解してもう一度組み直したりする遊びも好きだけれど、一度これに没頭していたところ、フィズに気味悪がるような視線を向けられたことがある。どうやら、作業をしながら僕は物凄く楽しそうに笑っていたらしい。
作品名:閉じられた世界の片隅から(2) 作家名:なつきすい