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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 それでも、ある点において僕はイスクさんを非常に好ましく思うし、信頼する。たとえ友達のためでも、そう簡単に自分の命を賭けることなど普通できない。物語などで如何にそれが美談として語られようと、その行為が美談たりえるのは、普通それを成し遂げる人がいないからだ。家族のためですらそうだ。
 イスクさんは、その事実から逃げなかった。僕にファルエラさんのことを話したときも、ファルエラさんと相対したときにありえる危険性を、説明してくれた。どうするかの選択も、僕に任せた。それは尚更残酷なことかもしれないけれど、イスクさんはその選択と向き合い、危険はないが、どこまでいっても辛い手を自分で選び取った。イスクさんは一度も、自分を正当化しようとはしなかった。多くの人が言い繕い、誤魔化す、人間が自己利益を最大化するための選択をし続ける存在だという事実から、彼女は目を背けようとは決してしない。だから僕は、イスクさんは信頼できると思っている。
 そうやって逃げずに自分の選択と向き合うことは、どれだけ大変なことだっただろう。場合によっては僕もフィズもこの場にはいなかったかもしれない。そうなる可能性を選択したとき、イスクさんがどれだけ苦しかったか。研究所で話をしてくれたときのイスクさんの表情が頭に浮かんだ。
「ご、ごめんなさい………誰かさんは私です……」
「わかればいいのよ」
 そして、にっこりと笑ってみせる。やっぱりこの笑顔は、こんなにほんわりしているのに、妙な迫力があった。
「でもサザ君が男前になった、というのは本当のことよ。なんというか、一皮むけたというか、雰囲気が変わったわ」
 一皮むけた、のところで何故かフィズが顔を赤らめて、速攻でイスクさんの平手打ちが飛んできた。イスクさんのほうが顔が真っ赤だった。
「何妄想してるのよ色ボケ馬鹿娘!」
「や、そんなつもりじゃ」
「いかがわしいドラマばっかり聴いてるからそういう発想に行き着くのよ!」
 ……聞かなかったことと見なかったことにしよう。それにしても、イスクさんの持つ、フィズの不可解かつ予想外な言動や行動を読み解く能力は一級品だと思う。このふたりで話芸の道に入ったら、台本無しのアドリブでもそれなりにウケるのはないだろうかという気がした。
「まぁ、やっぱり男の子は十五、六歳あたりが一番すごいスピードで成長するわよね。日々格好良くなるもの」
「あんたには先生がいるでしょうが」
 フィズの一言に、イスクさんはふふ、と笑った。
「そうね。だから、サザ君に手を出すつもりはもちろんないわ。安心してね、フィズラク?」
 その笑顔の真意が、僕には読み取りかねた。言葉の意味も。
「どういう意味よ?」
「言ったままの意味よ。あとは、あなたたちがこれをどう捉えるかだけ」
 僕は物凄く嫌な予感がしていた。昨日のじーちゃんとのやり取りが頭をよぎる。そうではないと信じたいのだけれど、僕の態度はそこまでわかりやすかったのだろうか。だとすれば、スーにもばれているかもしれない。もしそんなことになったらからかいの種どころでは済まない。もしもばーちゃんに見破られていたら、どうなるだろう。いや、それ以上にフィズだ。
 フィズのことは大切だけれど、いや、大切だからこそ、今のこの距離感が壊れてしまうのも、僕は怖い。弟として拒絶されることは絶対にないという確信はあっても、それ以外だったら?
 それでも、そんな思考を無視して、気持ちは勝手に行動する。フィズを、考えなしだと笑えない今の僕がいる。
「そういえばイスクさん、今じーちゃんが来てるんですよ」
 なんとなく話の流れを変えたくて、僕はそんなことを口にした。逆にあからさま過ぎたかもしれない。このタイミングでの話題変更は、いかにも話を逸らしたい感で溢れている。
「あら、タクラハおじいちゃんが?」
 それでも、イスクさんは乗ってきてくれた。僕の魂胆など丸わかりだったかもしれないけれど。
「お久しぶりね。ニ年ぶりぐらいかしら。お元気だった?」
「変わりないわ。相変わらずしょうもない冗談いってサザで遊んだり、ばーちゃんに殺されかけたりしてたよ」
「お変わりなくてなによりね。おばあちゃんも元気そうで」
 そう言ってイスクさんは笑う。イスクさんも、幼馴染で頻繁にうちに出入りしていたこともあり、じーちゃんを祖父のように思っている一人だ。
「お会いしてまた外国の面白いお話を聞きたいわ。今度はどれぐらいいらっしゃるの?」
「今度は結構長くいるそうですよ。家を探すって言ってましたけど、多分暫くはうちにいると思うので、晩御飯でも食べに来ませんか?」
 言うとイスクさんは目を輝かせた。
「まあ嬉しい。ありがとうサザ君。相変わらずお宅のご飯は、おばあちゃんが作っているのかしら?」
「晩御飯はばーちゃんが作って、朝食と昼食は別で摂っているので、最近は僕が作るようにしています」
 言うと、イスクさんはいいわね、と笑った。しかしポイントは、僕の予想と少しずれていた。
「ほんとこんな甲斐甲斐しいお婿さんが欲しいわ」
「甲斐甲斐しいって……」
 僕のことですか、とは聞かなくてもわかった。
「あんたには先生がいるんでしょ」
「あら」
 イスクさんはフィズの顔をじっと覗き込んで、それから、やや不穏当な笑みを浮かべた。
「な、何?」
「ふふ」
 暫くイスクさんは何も言わず、ただ笑いながらフィズの顔をじっと見ていた。フィズは後ずさる。追うイスクさん。逃げるフィズ。迫るイスクさん。
 正直、怖すぎる。
「なんでもないわ」
 壁際まで追い詰めてから、イスクさんはそう言って笑った。フィズの顔がおそらくは恐怖のために引きつっていた。宝石のような目元の端に、うっすらと涙が浮かんでいた。何が直接的に怖かったわけでもないがなんともいえない迫力に気圧されてしまったのだろう。
「さて。フィズラクも一緒に勉強していく? それともなにか用事があるのかしら」
 今までの原因不明の迫力をふっと打ち消して、イスクさんは笑った。フィズもほっと息を吐く。
「あー、私はこれから買い物して、部屋片付けなきゃいけないんだよね」
「あら。それなら一時間半くらいで終わらせるつもりだから、その後三人でお昼でもどうかしら? 新しい食堂が出来たのよ」
「いいね」
 フィズも笑う。しょっちゅうフィズが不用意な言動や行動でイスクさんに怒られたり、或いはからかわれたりしてはいるものの、実のところ、このふたりは本当に仲が良い。仲が良いからこそ、これだけのやりとりが許されるんだろうとも思う。
「それじゃあ、買い物が終わったらうちに来てくれる? お父さんとお母さんもお店にいるけど、フィズラクに会いたがっていたわ」
「ん、わかった。それじゃあ、おじさんとおばさんの好きそうなお菓子でもお土産に買ってくるよ。サザ、イスク先生は怖ーいから、居眠りに気をつけるのよ」
「はいはい」