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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 さて。今夜八時に一体どれほどの眠気が襲うのか戦々恐々としつつも、一応はすっきりと爽快に目が覚めた僕は既に出かける用意ができていた。一方、フィズは珍しく身支度に時間を取られていた。服装にまったくこだわらないフィズにしては珍しい、と思って部屋のドアをノックする。入ってくるなとは言われたなかったので、「入るよ」と一言声を掛けて、ドアを開けた。
「あー、ごめんサザ、ちょっと待って」
 部屋に入るとフィズが、髪の毛を掴んで濡れたタオルで押さえつけていた。
「何してるの?」
「寝癖がなんか直らなくて」
 タオルを離すと、首の後ろからリボンでまとめた、普段まっすぐ伸びているはずのフィズの絹糸のような黒髪の先が、何故か4方向に跳ねていた。その割りに、帽子は既に被っているのが妙におかしい。
「あー、もうっ!」
 さすがのフィズも、寝癖を一発で直す魔法は知らないらしい。もうかれこれ十分ぐらいは、髪の毛と格闘しているようだった。これはこれで妙に可愛い気もするけれど、さすがにこの頭で外をうろつくのはいかにおしゃれに無頓着なフィズでも嫌なようだ。この髪型だと、瞳の色以外は基本的につくりは綺麗だけれど地味なフィズでもいつになく目立つとは思うが、それは多分、悪目立ち、というのだと思う。「昨日、ちゃんと髪乾かしてから寝れば良かった……」
 昨夜、眠くなるぎりぎりまで自室と客間の片付けをしていたフィズは、片付けがひと段落してからお風呂に入って埃を落とし、それから耐え切れずに直ぐに寝てしまったらしい。その結果が、現在の見事な寝癖だ。
「フィズ、ちょっと良い?」
 寝癖に悪戦苦闘するフィズの姿を見ていたら、ひとつ考えが浮かんで。
「髪の毛触るね」
 濡れタオルで髪の毛の下半分をぐるり、と包んだ。
「そんなに熱くなりすぎないぐらいで、タオルを温めることってできる?火傷しないぐらいの温度で」
「ん、できるけど?」
 言うが早いか、タオルの温度が上がり始める。その状態で一分ほど待ってから、タオルを外すと、先程まで方々に跳ねていた髪の毛が、見事に一束にまとまっていた。
「おお、すごい!」
 フィズは髪の毛の束を掴んで、目を輝かせた。こんな感じで素直に喜んだり驚いたりしているときのフィズは、十九歳という年齢の割りに幼い表情を見せる。
「すごいねサザ、何処で聞いたのこんな技?」
「いや、なんとなく髪の毛の構造を考えたらこれでいけるかと思って」
 僕は素直にそう答えた。完全に思い付きだった。医者としての力量は魔法が使える分と経験の分間違いなくフィズのほうが上だが、多分生物についての知識では僕も負けてはいないだろう。
 フィズが驚きとも、感心ともつかない顔で僕と髪の毛を交互に見ている。少し誇らしくて嬉しかった。それが、つい僕の口を滑らせてしまったんだと思う。
「やっぱりこっちのほうがいいな。ストレートのほうが似合ってるし」
「え?」
「あ」
 しまった。つい。
 大したことではまったくない。けれど、口にするつもりもなかった。
 昨日の繋いでしまった手のことといい、最近僕はフィズの考えなしが感染ってきたような気がする。これは本音。
 フィズの顔を見る。心なしか、少し頬が赤い、ような気がする。
 フィズにしても少し変だ。ただ似合っているぐらいのこと、別に普通の姉弟の間でも言うだろう。僕の意識し過ぎが伝わってしまっているのだろうか。そんなことはない、とも思うけれども。フィズが僕のことをどれだけ大切に思っていてくれているかはこの間の一件も含めてよくわかっているけれど、それはただ単に弟として大事にしてくれているだけ、のはずだ。
「……行こっか、寝癖も直ったし」
「あ、うん……」
 フィズに促されて一緒に家を出たものの、なんとなく目を合わせられなくて、微妙な距離感を保ちながら僕らはイスクさんの家へと向かったのだった。
 
 
 
「イスク、サザがなんか変だ!」
 イスクさんの家につくなり開口一番、フィズの口から飛び出した言葉がそれだった。いくらなんでもそれはあんまりだろう、と思うのだけれど、自分でも変という自覚はあるので僕は黙っていた。
 家を出てから此処につくまで、僕らは一言も口を利かなかった。大喧嘩をしているときでもない限り、こんなことは今までなかった。
 どうしてかわからないけれど、妙に気恥ずかしい。ただ、それだけ。
「変って……フィズラク、あなたも相当変だと思うけど」
「変の質が違うんだよ!私の変は通常の私と一般の人との乖離という意味の変だけど」
 変わり者だという自覚はあったんだということを、僕は今初めて知った。
「サザの変は、何時ものサザと今のサザの間の乖離という意味での変なのよ!」
「要するに、サザ君の様子がおかしいってことでいいのよね?」
「そうそう」
「んー」
 イスクさんは僕をちらりと見て、それからまたフィズのほうへ向き直った。
「確かに前よりもサザ君が男前さんになったわね」
 フィズが冗談みたいにずっこける姿がよく見えた。ずざざざざ、という記録鉱石のドラマでも滅多に聴かないような間抜けな音と共に。
「イスク!あんたまで変に」
「わたしは基本的にはいつでも冴えているわ。誰かさんと違って頭に血が上ってしまうことなんて、誰かさん絡みでしかないもの」
「う……」
 おっとりした口調でそう返され、その「誰かさん」は思い切り言葉に詰まった。イスクさんをあそこまで怒らせたり泣かせたりする相手が、フィズ以外にいるのだろうか。ふと、ジェンシオノ氏はどうなのかを聞いてみたい気もしたが、女性にそういうことを聞くのは、ましてやフィズの前でそんなことを聞くのは憚られて黙っていた、が。
「誰かさんって誰よ。先生?」
 驚いたことにそう聞いてみせたのは、間違いなくその「誰かさん」であるところのフィズだった。これにはさすがのイスクさんも意表を突かれたように目を丸くする。しかし次の瞬間、すぐにいつものやわらかな笑みを取り戻し、ほんわりした口調でこう言った。
「わたしは先生にそこまで怒らされたことはなくてよ。先生のために魔人召喚の片棒を担いだり、可愛い弟分をほとんど生贄にするも同然の所業をさせられるハメになったことなんてないもの」
「うう…」
 イスクさんは、目だけ笑っていなかった。対するフィズは、まさか「誰かさん」が誰であるかをわかっていなかったわけではあるまい。要するに、ちょっとした反撃のつもりだったのだろう。恋人が出来て、多少か浮かれているはずの幼馴染をからかってやろうと。その目論見はごく一部においては成功したと思う。フィズがそんなことを自ら冗談にできるほどに割り切っているとは、さすがのイスクさんも予想していなかったのだろう。そして、僕も。
 しかしイスクさんの反撃は思った以上に痛かったはずだ。フィズはさすがに返す言葉を失って、目線をイスクさんから逸らしている。
 僕だって、同じ状況に置かれていたら言いたいことは山のようにあったと思う。イスクさんは、フィズには助かって欲しいけど、自分は命を賭けることはできないとはっきり言った。だから、僕にフィズを助ける手段を教えてくれた。それが僕の命を危険に晒すことだとわかっていて。