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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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2. ひとつづきの昨日と今日


 翌朝はその夜の延長線上にあった。要するに、寝た気がしない。
「……どうしたの?」
 寝癖頭のままのフィズが心配そうに覗き込んでくる。ということは、誰がどう見ても寝不足だと一発でわかる面構えをしているのだろう。実際、油断しているとこのまま朝食の盛られた皿に顔面ダイブしてしまいそうだ。対するじーちゃんは長旅の疲れも取れたのか、すっきりとした顔で席についている。今日はじーちゃんが来たということで、僕らも珍しく母屋で朝食を摂ることになっていた。
「いやあ折角同じ部屋だったからねえ」
「あー」
 多分一晩中いいようにからかわれていたのだと想像したのだろう。正解ではないが、あながち間違ってもいない。
 朝起きて直ぐに顔は洗ったけれど、出かける前にもう一度洗おう。でないと、多分途中で寝る。それから、何か目が覚めるようなものを口に放り込んでから行ったほうがいいだろう。滋養剤の類の中に、買ったはいいが馬鹿みたいに辛くてとてもとても患者さんに出せたものではなく、薬棚の肥やしになっているようなのがあったはずだ。間違いなく口内炎には沁みるだろうけれど。
 そう考えるそばから、瞼が重くなっていく。どうせ眠くなるなら夜のうちに眠くなってくれればいいのに、睡魔ほどままならないものはない。
「サザ、おーい、サザー?」
 フィズの声が遠ざかっていく。真剣に眠い。このまま寝てしまうと、朝ごはんにダイブ……ということはわかるのだけれど、それが抑止力にならないぐらい、眠い。多分スーはそれを期待してニヤニヤしながらこちらを見ているんだろうな、とかもしそんなことになったらばーちゃんの説教が大変なことに、だとかそんなようなことは次々意識に浮かぶのに、身体が言うことを利かない。
 身体が前のめりに傾く。べちゃりという嫌な感覚を想像して、それでも瞼は持ち上がらない。が。いつまで経ってもそれはやって来ず、代わりに耳元で誰かのため息が聞こえた。
「しっかりしなさいよ、サザ」
 斜めに傾いたままそれ以上落下しない頭。どうやら、フィズが首根っこを掴んでくれていたようだった。なんとか無理やり目をこじ開ける。
「あー……ありがとうフィズ……」
 口から出る声もまたあまりにも力が入らなくて、実際に眠い。僕は徹夜も満足にできないらしい。
「しょうがないなぁ」
 耳元で、フィズが早口で何か呟くのが聞こえる。そして、神経系に魔法が作用しているとき特有の、一瞬だけ音が消える感覚がして、急激に意識が覚醒した。
「あれ?」
 先程までの眠気が嘘のように、すっきりと目が覚めた。首元から、フィズの手が離れる。
「改めておはよう、サザ」
「あ、おはよう、フィズ」
 呆れたようにフィズが笑う。その様子を見ていたじーちゃんが、感心した様子で「ほう」と呟いた。
「随分腕を上げたねえフィズラク」
「そうかな?」
 魔法使いとしての師匠でもあるじーちゃんに誉められ、フィズは素直に喜んだ。
「あ、でもこれ副作用あって、多分今日八時ぐらいに耐え切れないぐらい眠くなって明日十時ぐらいまでは寝てるかもしれない」
「先に言ってよ!」
 余裕で診療が始まってる時間じゃないか。朝食を食べられないレベルの強烈な眠気がすっきり取れたのは助かったけれど、どうやら眠気を先送りしただけらしい。
「十時に起きるとかほとんどお昼前だろ……」
「あははごめんごめん。大丈夫、明日の午前中ぐらい私一人でもなんとかなるから、起きて用意できたら来てくれればいいよ、先にやってるから」
「頼むから明日だけは寝坊しないでよ……」
「ごめんって。その代わり、今日はじーちゃんが同じ部屋にいてもゆっくり寝れると思うからさ」
「失礼だねえ俺がサザを寝せなかったみたいに。俺が寝させない趣味があるのは綺麗なお嬢さんぐらいだよ」
「……そういう冗談は小さな子の居ない所で、あと三十は若いうちに言うんだね、タクラハ」
 幼いスーがこの言葉の意味を理解してはいなかったと願いたい。真っ先に食べ終わり台所で洗い物をしていたはずのばーちゃんが青筋を浮かべてじーちゃんの背後に迫っていた。ご丁寧に、今まさに洗っているところだったらしいナイフを片手に持って。正直ばーちゃんのこの姿の方が、じーちゃんの冗談よりも余程スーの情操教育に悪いと思ったのは僕だけだろうか。
「あはは、今時の子は俺たちの頃より早熟だよ?」
 ひゅん、っと風を切る音がして、じーちゃんの喉元にナイフが突きつけられた。じーちゃんはじーちゃんで慣れたもので、笑いながら両手を上に挙げ、そのナイフと自分の喉との間に薄い防壁を魔法で張っている。おそらく、七十年以上の交友の中で繰り返されたやりとりなのだろうとは思うけれど、それを見ている僕らの寿命が縮みそうだ。そして相変わらず、じーちゃんの腕がまったく鈍っていないこともよくわかった。
「冗談なんだけどねえ」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろうが!」
 冗談の質の悪さと、本気で言ってるのか冗談なのかが表情では判別しにくいところも、少しフィズと通じるものがあると思う。ばーちゃんの気持ちはなんとなくわかるけれど、しかし生来の性格の問題だろう、この類の武力に訴えるタイプのツッコミは、僕にはできないような気がした。
 もしかしたら、昨日の夜の一連の発言も、カマかけを兼ねた冗談のひとつで、僕はまんまとそれに乗ってしまったのではないか、という考えが一瞬よぎる。しかしもし冗談だったとしても、見事に引っかかって本当のことを明かしてしまったということには変わりない。ばーちゃんには話さないと言ったじーちゃんの言葉は勿論信じるとしても。
 それに、最初の言葉は半分冗談であったとしても、後半の言葉は、本当のことだと信じたい。血の繋がりなどなくともじーちゃんは僕らの祖父であると信じている僕としては。
 
 
 
 今日の講義はイスクさんの家で行うことになっていた。イスクさんの家は大通りに面した薬屋を営んでいる。その近所にある家具屋に行きたいから、という理由でフィズも一緒に家を出ることにした。ついでにイスクさんと少しおしゃべりをしてから先に帰るらしい。
 フィズが家具屋に行く目的は、雑多なものを整理するための箱や棚が欲しいから、というものだ。収納道具を買って、自分の部屋や、早いところ片付けなくてはばーちゃんの監査とおそらくは大量の物品没収が入ってしまう客間の荷物を片付けるつもりらしい。が。往々にして片付け下手な人間は、収納道具を買って、その収納道具の使いどころも置き場所も決まらずに結局は散らかったままになってしまうものだ。フィズの部屋だって、引き出しや棚の数は間違いなく僕の部屋よりも多い。
 と、思うものの、それを指摘するのはあまりにも気の毒なような気がしてやめた。もしそれが努力でできることならば、フィズがばーちゃんに怒られる回数はもっと減っているはずなのだから。いよいよどうしようもなくなったら、僕が手伝えばいい。僕だって得意なほうではないけれど、フィズよりはましなはずだ。