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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(1)

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「それじゃあ、わたしはそろそろ帰ろうかな。あんまり長居して病人興奮させてもいけないしね」
「あ、ちょっと待ってください」
 立ち上がろうとしたイスクさんを引き止める。そうだ、忘れていた。
「まだ時間大丈夫ですか? フィズにお使いを頼まれているんです。できれば、その間此処でフィズをみていてもらいたいんですが、お願いできますか?」
 頼むと、イスクさんは笑顔で頷いた。
「もちろんかまわないわ。わたしが行ってもいいよ?」
「いえ、お客様に二回もお使いを頼むわけに行きませんから。ありがとうございます、結構遠くまで行きますから、イスクさんも何か必要なものがありましたら言ってください」
 イスクさんは笑って「特にないわ」と言って首を振った。
「ほんと、フィズラクには勿体無いくらいのできた弟君ね」
「イスク、それどういう意味よ? あ、サザ、なんか適当に面白そうなやつ三つぐらい買ってきて」
「いや、面白そうなのと言われても……」
「あー、じゃあ、ドラマを頼むわ。恋愛モノですごいドロドロで面白そうなのがあるんだよ。タイトルはねえ」
 最後まで言い終わらないうちに、イスクさんに口を押さえつけられて、姉は思い切りもがいた。
「病人に何するのよ!」
「いたいけな十五歳の子に何買わせようとしてるの?」
「最後まで言ってないじゃない!」
「フィズラクの聞きたそうなやつで恋愛モノですごいドロドロで面白そうなんて言ったら大体想像がつくわよ!」
「……………………………」
 ああ、物凄くいろいろと見なかったこととか聞かなかったことにしたい。世の二十歳前後の女の人って、みんなこんな感じなんですか。
 そのほかいろいろと候補を出し、結局イスクさんのチェックを通過した三本が、最終的な買い物リクエストとなった。それに、イスクさんに頼まれた歌手の記録鉱石。
「わたしの分まで頼んじゃってごめんなさいね」
「イスク、ほんとあんた私と私以外の人で絶対態度違うよね」
「それはフィズラクのせいでしょう? こんなに手のかかる子他にいないもの」
 ほんわりした口調ではあるものの、相変わらず内容はキツい。親友ゆえの遠慮のいらなさなのだろうけれど。正直僕はこの変わりようが少し怖い。
「じゃあ、行って来ます。イスクさん、フィズをよろしく頼みますね」
「あ、ちょっと待って。こっち来て」
 姉に呼び止められ手招きをされる。呼ばれるままに姉の前へ。
「サザ」
「なに?」
 一瞬。ほんの一瞬だけ。姉の柘榴石と猫睛石の瞳が目に入った瞬間、世界から音が消えた、と思った。直ぐに元通りになる。
「なんでもない。疲れた顔してたから、疲れが取れるように魔法を掛けといただけよ。気をつけて行って来なさい」
 確かに、あの瞬間の奇妙な感覚はいつもの魔法をかけられるときの感覚と同じ。しかし、姉が言うような疲れが取れる効果があったような気はしなかった。僕が鈍くてわからないのか、それとも高熱で姉の魔法がいつもよりも鈍っているのか。それすら僕にはわからなかった。
 
 
 記録鉱石を取り扱っているお店は町中にいくつかあるけれど、そのうち最も品揃えがいいのは、大通りの商店街でうちから見て一番向こうのはじっこに存在する店だ。ドラマ、話芸、音楽、果ては外国語の練習用のものまで、一通りなんでも揃っている。ドラマにしても、小さな子どものための物語から、ちょっと口には出せないような内容のものまであり、後者のものは幕で区切られた別スペースにまとめて置かれているので、正直僕はあまり頼まれても行きたくない。店員さんにもそれぞれのジャンルに詳しい人が多いらしく、店員さんお手製のお勧めポップが数多く置かれているのもこの店の特徴だ。僕は大体話芸のものを聞くことが多いのだけれど、この店の店員さんのおすすめで聞き始めた芸人も少なくない。それに、なにを買うか決まっているときでも、探して何軒も回るのが面倒なので、多少遠くてもこの店に直行することが多い。特に自分ではあまり聞かないようなもので、何処の店にあるのかが予想できないときは尚更だ。
 記録鉱石は他の方法で代用が効かないものの中では、最も庶民の身近に降りてきている魔法を利用した道具のひとつだ。例によって原理はよくわからないのだが―多分イスクさんあたりなら完璧に説明できるのだろうけれど―、魔力を含んだ鉱石に魔法で空気の振動を記録する、というものらしい。その鉱石そのものの働きは一定の方向に物理的な力をかけると魔力が発生する、というものなのだが、記録鉱石はその魔力の発生の仕方を予め決めておける、そうだ。記録された通りに流れ出した魔力で空気を震わせることで音声を再現する、らしい。25年前にそれまで採掘に頼っていた魔力鉱石そのものの人工的な合成法が開発され、軍用にのみ用いられていた鉱石が多種多様な分野に用いられるようになったことで記録鉱石が開発され、ジェンシオノ氏が記録容量を格段に増やす新技術を開発したことで一気に廉価化が進み、一般人向けの様々な分野の作品が発売されるようになった。最初は中古や、記録期間が長持ちしないアウトレット品がこの街には流れてきていたのだが、城下町のような立派な劇場もないこの街における数少ない手軽な娯楽として人気を得たことから、現在では新作も直ぐに発売されるようになってきている。魔法関係の道具をほとんど使わない僕でも、記録鉱石だけは時々聴く。
 僕はお使いを済ませ、片道およそ三十分の道程を歩いて帰る。往復一時間、お客さんに留守番をしてもらうにはやや長い買い物かもしれないな、と思いながら診療所の玄関を開け、待合室にいる患者さんたちに挨拶をしつつ、住居部分のドアを開けた、瞬間。
 僕は一瞬、家を間違えたかと思った。そんなわけはない。待合室で会った人たちは病院でこういう表現は正直どうかと思うのだが、常連さんばかりで。
 耳を疑った。二階から聞こえてくるのは、叫び声と、怒号と。僕は階段を駆け上った。姉の部屋の扉を開く。
「フィズ!? イスクさん!?」
 僕がドアを開いた瞬間、姉とイスクさんは怒鳴り合いをぴたりと止めた。
「あー、お帰り、サザ」
「おかえりなさいサザ君、遠いところおつかれさま」
 ふたりは目を合わさない。互いにも、僕とも。
「……ただいま」
 なんと言ったら良いのかわからなくて、僕は取りあえずお使いの品を取り出した。その瞬間、イスクさんの表情が凍りついた、ように僕には思えた。
「あれ、これじゃなかったですか、イスクさん」
 僕は買い物を間違えたかと確認する。歌手名も、曲名もこれで間違いはないはずだ。
「ううん、間違いじゃないわ。合ってるよ。……サザ君、買ってきたのはこれだけ?」
「え、他になにか頼まれてました?」
 僕は、この時よりも怖い、イスクさんの顔を知らなかった。わからない。イスクさんが此処まで怒っているその理由が。
 僕に対して怒っているのではないことはわかる。しかしそれと、僕の買い物を見て怒る理由が繋がらない。
 考えているうちに、ばしん、という音ではっと意識を引き戻された。
「なんてことを!!」
 目に涙を浮かべたイスクさんと、引っ叩かれた頬を片手で押さえる姉。