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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 こんな風に、ひとつの予知した未来を変えると、それに伴って他の未来も変わることはよくある。重大な予知が短期間の間にいくつも重なっているときは、ひとつの行動を変えるごとに予知をし直している。そうでないと、どう未来が変わっているのかがわからないからだ。
 ただ、ここのところ何度も何度も繰り返す予知は、かなりいくつもの条件を変えても、今のところ変わる気配がなかった。あるいは、その条件変更すらも織り込み済みの未来なのかもしれないけれど。
 具体的な日付も、そこに至る原因もわからない。それが、その予知を変える条件の絞込みを困難にしていた。
「気をつけなよ。折角実習は今のところ無遅刻無欠席なんだし」
「ああ」
 実習の後に小さく「だけ」と入ったような気がしたけれど、軽く聞き流した。
 大人しく座席に座って教科書を開くような勉強はあまり好きではないが、実習や実技系の講義は大好きだし、サボったときのデメリットが大きい。だからその手の授業を休んだことはないし、遅刻したのも夏場に大雨で道路が冠水してタクシーも電車も使えなかったとき一回だけだ。それでなくても病院独特の静寂と喧騒や生と死、仕事と生活といった相反する要素が混ざり合う混沌とした空気が飛鳥は好きで、実習のときはわざわざ雰囲気を味わうためだけにかなり余裕を持って登校しているほどだ。だから、遅刻はしたくないし、体力的にはきつくてももっと実習や実地での勉強ができればいいと思っている。
 けれど。大好きなはずの実習さえ、今はそこまで気を紛らわしてはくれない。心の奥底で外れかけた蓋が立てる音が止まなかった。その音は日に日に大きくなっていく。耳を塞いでも効果はない。
 この家で一番遅い時間に出て行く父が手早く作ってくれたおにぎりを持たされて、飛鳥は家を出たけれど、あまり食欲がわかなかった。
 その日の夜は季節外れの土砂降りの雨で、傘を持たずに出た大和はずぶぬれになって帰宅した。
 
 
 
 その翌日、肩を揺すぶられて目が覚めた。視界が暗い。意識はぼんやりとして、飛鳥は状況を把握するのに少しの時間を要した。寝起きはあまり良くないほうだ。掴まれた肩が僅かに痛い。ぼんやりした視界の焦点が次第に合わさっていく。
「……おはよ、大和」
 その先にいた弟に、いつも通りの挨拶をする。けれど、いつも通りの状況ではないことは、認識していた。
「ちょっと早くない?」
 窓の外の景色が明らかに暗い。今は日が短いとはいえ、いくらなんでもこれは早朝というよりも夜の終わりだ。起こしてもらうときはいつも六時に起こしてもらっているし、だいたい大和が起きる時間にしたってせいぜい五時半だ。どう考えても早すぎる。
「お前寝惚け」
 てんじゃないのか、と言いかけた言葉が、止まった。そもそも普段の大和なら、こんな起こし方はしない。声を掛けて、次に部屋の灯りを点け、それでも起きなければ無理やりベッドから引きずりだしたりはするけれど。まだ部屋は暗いし、目を覚ましたというのに一言も声をかけられた記憶がない。馬乗りになって肩を押さえつけられている状況なんて、覚えがない。肩越しに感じる大和の掌は、重い熱を孕んでいた。
「兄さん」
 声が低く、重かった。徐々にはっきりしてきた視界は、ほぼすべて大和で占められていた。どちらかというと、よく言えば優しいお兄ちゃん風と評される、悪く言えばぼんやりした飛鳥の顔に比べて、大和はやや硬質な印象を与える。その目で、大和は飛鳥の目をじっと覗き込んできた。
「何か、大事なこと隠してない?」
「……は?」
 間の抜けたような顔が、出来ただろうか。何を言われているのか皆目見当もつかない、という表情が。
「なにそれ」
 言ってから、後悔した。この一言はいらなかった。
(勘のいい奴)
 一瞬そう思ってから、心の中で笑う。飛鳥にだけはそれを言われたくないだろうな、と。自分の勘が、本当にただの直感なのか、それとも無意識のうちにごく僅かな予知が起きているのかはわからないけれど。
 大和の目は緩んでいない。肩にぐっと力が込められる。「誤魔化すなよ」
 その様子に、飛鳥は納得した。
(俺が逃げられないようにか)
 この体勢と起こし方の理由に気づいて、どうしたものかと思案する。体格の差はそこまで大きくはないが、大和のほうが体育の成績はずっと良かったはずだ。押さえ込まれては、身動きが取れない。一応足は自由になるので思い切り蹴り上げれば逃げられるだろうが、そんなことをしては明らかに怪しいし、隠し事を認めたことになる。この体勢のままで白を切り通すしかないと判断し、わずかに目元に困惑を浮かべてみせる。表情を作るのは得意なほうだと思う。
 嘘を吐くのだって得意だ。嫌いだけれど。
 祖母との約束から14年も、予知のことは誰にも言わないで、隠して、嘘をついて、誤魔化してきたのだから。
「ちょっと様子が変だなって思ったのは、一ヶ月ぐらい前かな」
 大和は言った。がたり、と心の奥で音がする。
「確信したのは昨日の帰り」
 暫くぶりの、土砂降りの大雨だった。ざあざあと雨が降り始めたのに気づいて、飛鳥は慌てて熱い風呂を沸かして、すっかり冷え切って帰って来るだろう弟を待った。帰宅するなり問答無用で風呂場に押し込み、ついでに夕飯は冷蔵庫の残り物でキムチ鍋にしたけれど、それでも風邪を引かせてしまったかもしれない。押し付けられた掌が熱いのは、そのせいか。
「最近、飛び入りの予知しかしてないだろ」
 突発的に、意図しないで起こる予知を、大和は小さい頃からそう呼んでいた。予定していないからということで言い出したようだけれど、妙にしっくり来ると飛鳥は思っている。
 突然自分ひとりだけが違う時間、違う空間に飛び込んでしまった、その場違いな感じや違和感のようなもの。高校時代、学祭ののどじまんに友達の陰謀で飛び入り参加させられてしまったときの感覚に少し似ている気がしていた。
「…………予知ができなくなったのかとも思ったけど、こないだの飛び込みは当ててたし」
 先日の予知のときは、大和も一緒にいた。それが起きているときの状態を自分で見ることはできないけれど、普段のぼーっとしているときとは明らかに違うから直ぐにわかるのだと大和は言っていた。
 さて、どう誤魔化したものか。そんなことないよ、というのもいかにもわざとらしい。
「そんなわけないじゃん。じゃあ、今ここでやろうか」
 疑いを解くには、実際にやってみるのがいいか。飛鳥はそう判断し、何事もないといった表情をつくる。
「何がいい? 今日のニュース? 天気予報? ……ああ、今日あのドラマ最終回だっけ。そのオチとか」
 そのぐらいなら、多分大丈夫だ。そう踏んで選択肢を挙げていく。
 数秒考えて、大和は言った。
「今年の紅白、どっちが勝つんだ?」
 その瞬間、ふと思い知らされた。嘘をつくのも誤魔化すのも話を逸らすのも得意だけれど。
 弟だけは、それでも予知のことを知っていたのだということを。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい