Another Tommorow
「あすかとおじいちゃんがおるすばんしてたら、おじいちゃんがばたーんって、うごかなくなっちゃったの」
結局起きなかったその出来事を、飛鳥はまるでもう既に起きた出来事のように語ったそうだ。幼いゆえに文法が間違っているのかとも思ったが、普段の会話ではそんなことはなかった。その前後に、何度も飛鳥はニュースの内容を放送より先に言い当てて見せた。どうしてわかったのかを聞いても、さっきニュースを見た、と言うばかりだった。ニュース速報の内容すら先に知っていたというのに。そして、飛鳥を連れて乗るはずだったバスが交通事故に「遭った」と言い出して聞かないので諦めて歩いていたところ、消防車や救急車が何台も通り過ぎていく。駅前のテレビでは、タンクローリーと正面衝突し、炎に包まれるバスの映像が映し出されていた。それらの出来事を経て、祖母は飛鳥に予知能力があるのではないかと考えたのだ。娘夫婦が心配していた飛鳥の意味不明な言動も、そう考えればすべて辻褄があった。飛鳥自身も気づいていなかったその力は、祖母のおかげで形を成していった。飛鳥は突然感じる違う知覚がまだ起きていない未来の出来事なのだと知り、またそれは他の人にはないものであることを知った。それを意識することで、飛鳥の言動は時系列に沿った、他人にとって意味のわかるものとなっていき、両親はそれを喜んだ。飛鳥の小学校入学と大和の保育園入園を機に飛鳥は両親の元へ戻ったけれど、祖母からは見えた「未来」については口にしてはいけないと強く言いつけられた。
「人は自分にわからないことは、怖いんだよ。飛鳥ちゃんの力は特別なんだ。絶対に悪いことに使っちゃダメ。自分や、大事な人を助けることに使うんだよ。このことは、飛鳥ちゃんとおばあちゃんの秘密だよ」。
飛鳥は言いつけを守り、両親にすらこの力のことを話さなかった。最初のうちは予知が出ると祖母に知らせ、祖母がそれとなく両親らを誘導することで、家族に起きる良くない出来事を防いでいた。成長するにつれて、予知のことは隠した上で危険を回避させたりするような行動や発言ができるようになっていった。警察になりたかったのも、医師になりたかったのも、今現在看護師を目指しているのも、この力を有効に使えるのではないかと考えたからだ。子どものうちは制御できずに唐突に起きるばかりだった予知は、現在はある程度制御できるようになり、今は自分で知りたい時間を狙って引き起こすこともでき、高校時代は抜き打ちテストの予測や、祖母には絶対に言えないが数学の追認試験の問題のカンニングに利用したことも実はある。
力は強く、そして使い勝手が良くなってきた。けれど変わらないこともある。飛鳥の予知は、マンガやテレビでイメージされる予知と大きく異なる点がひとつある。
飛鳥が見ている未来は、ある特定の時間の飛鳥が体験している知覚だ。遠い未来だとか、違う国だとか、そういう飛鳥自身が見ることにならない景色は見えない。アメリカ同時多発テロが起きることもその三日前の時点で知ってはいたが、具体的な予知の中身は飛鳥がテロの翌日に読んでいた朝刊の記事であって、飛行機が突っ込む光景が見えていたわけではない。この性質の予知であるから、未来の飛鳥が知りえないものを知ることは出来ない。飛鳥の予知は、このままで行けばある特定の時間に飛鳥が体験する認識、それの先取りなのだと本人は推測している。
今朝の自殺も、実際誰かが飛び込む風景が見えたわけではない。自分と弟が乗っている電車が急な衝撃で止まるのを体感し、窓の外から見える風景はよく飛び込みの発生する踏み切りのところで、正面の窓に血しぶきが飛び散っているのが見えたから、人身事故だと判断しただけだ。先ほどの患者のことも、飛鳥が見聞きしたのはその後の学生に対する説明だ。具体的にわかったのは患者の名前と、なんらかの医療上の不手際で亡くなったことだけ。後は説明していたのが西崎准教授であったことから循環器病棟での実習中の出来事であると当たりをつけ、目に入った時計の時刻から、だいたいの事故発生の時間だけを確認した。あとはすべて、状況と西崎准教授の発言から手がかりを探るしかなかった。だから、死亡事故が起きることはわかっていても防げない可能性も勿論あったし、そんな経験は何度もある。
3年前に祖母が亡くなり、7年前に亡くなった母にも話すことはなかった。今このことを知るのは、飛鳥本人以外には弟だけだ。父にさえ、今も話してはいない。
飛鳥は目を閉じる。時間がずれるのを感じた。また、予知が来る。
今向かっている先の未来は、今のところ、変わっていないようだった。
実習はまだ暫く続く。明日も六時起きだ。けれど、飛鳥は目覚ましをかけなかった。大和にも起こしてくれるように頼まなかった。
その次の日も、またその次の日も。そして四日目に、飛鳥はとうとう寝坊した。目を覚まして最初に見たのは、心配そうな大和の顔だった。具合でも悪いのかと尋ねる弟に、寝坊しただけ、と笑って答えると、心配顔は呆れに変わった。
「てっきり自力で起きれるようになったから、起こしてって言わなくなったのかと思ってた」
「や、起きれるようになったと思ったんだけどな。レポート書いてたら遅くなっちゃって」
軽く笑顔を作って、顔だけは洗う。起こしてもらったからにはさぼる、あるいは遅刻するという選択肢はなくなった。
「実習の遅刻はまずいんだろ」
「うん、ありがと」
そう言うと、大和は飛鳥から視線を外して、身支度を続けた。
だから、その瞬間ふっと笑顔が消えたのは、大和には見られていないと思う。家族に心配をかけるわけにはいかない。
「そういえば、兄さん」
大和がこちらに向ききるよりも先に、いつも通りに笑ってみせる。
「なに」
「今日傘いる?」
「予報だと晴れだよ」
「そう」
気づいてくれるなよ、と思いながら、顔を洗いながらぼんやり聞いていた天気予報を思い出す。なにひとつ嘘は言ってない。だけど、大和が聞こうとしたのであろうことと自分の答えた内容とは微妙に食い違いがある。嘘をつくのは心苦しいし、極力やりたくないけれど、多少答えを誤魔化したり質問の内容を少しずらすぐらいなら、心もさほどは痛まない。
レポートだって、別に今日が締め切りなわけじゃない。もし眠かったのなら昨夜は寝てしまっても構わなかった。眠れなくて手持ち無沙汰だったから早めに片付けただけのこと。
「初日はちゃんと目覚ましもかけて俺に頼んで、それでも自力で起きれたのに」
「気合入ってたからじゃないか?」
これも本当。あの日だけは絶対に行かなくてはならなかった。例の医療事故の予知をその数日前に見ていたからだ。だから間違っても寝坊しないように手を尽くした。もしかしたら事故当時の予知を見なかったのは、その予知を見た時点では例の飛び込みで止まる電車に乗って、その場に居合わせないはずだったからなのかもしれない。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい