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なつきすい
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novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 一瞬ぴくりと引きつった顔を見られていなければいいなと思いながら、飛鳥は目を閉じて、意識を集中した。2週間後の、12月31日の、夜11時40分ぐらい。深く息を吸う。今ここにあるはずの音も、光も、感覚も、遠ざかっていく。
 そして、消えた。
 
 
 なにも、なかった。
 
 
 思考と、感覚が戻ってきた。身体が酸素を求めて、全身で呼吸をしているみたいだった。目から入る景色が、耳から入る音が、身体に触れる感覚があることに、心の底から安堵した。頭が痛い。腰から下だけかけられた布団の感触が、肩に乗せられた弟の重みが、なにもかもが脳に伝わってくる。
「…………白組が勝つよ」
 絶対信じてもらえない。そう確信しながらも、それでも飛鳥は見え透いたでまかせを言った。2分の1の確率で当たるんだから、厳密には嘘じゃない。それでも。
「下手な嘘つくなよ」
 そう言って、大和は不安げな色をその目に浮かべた。
 もう、誤魔化せない。だけど、どう伝えればいいのか。
「あのさぁ、大和。お前にさ、今何が見えてる?」
「は?」
「俺だよね、多分。で、俺は今お前を見てる」
「それはそうだろ」
 意味がわからない、と、大和の顔にはありありと書いてある。わかりやすい言い方もあったけれど、口にしたくなくて、つい、遠回りに話を始めてしまう。
「お前は暑がりで俺は寒がりだ。だから今ぐらいはお前には過ごしやすい季節だけど、俺はしんどい。俺はテクノが好きだけど、同じ曲でもお前にとってはただの騒音だったりする」
「それが」
「要は、人間って、自分の身体の感覚を通してしか物事を認識できないわけだ。だから、俺とお前は同じところにいるけど、まったく同じものを同じように見たり感じたりはできないよな」
 ひょっとしたら自分が赤だと思って、赤と呼んでいる色は、他の人には自分にとっての青に見えているのかもとか、そんなわけのわからないことを考えたのは中学生ぐらいの頃だったか。それを考えたきっかけは自分の予知だ。マンガみたいに、どこか超越した視点から未来を俯瞰するようなことはできなくて、あくまでも自分の未来の知覚を見ているだけ。時間を先取りするというこの力がその点において人並み外れたものであるのは確かだけれど、自分は、自分の認識の外に出ることはできないということは普遍だ。
「じゃ、その自分の認識がなくなったら、どうなるとお前は思う? 自分にとっては、世界が終わるのと同じだよね」
 この言い方で伝わるか。言いたくない。言いたくない。
(口にしたら、もう逃げられなさそうだ)
 言霊の存在を信じているわけじゃないけれど、自分のことを考えれば超常的な力なんてありえないとは言えるわけもない。
 じっと、大和を見た。少し考えるように、眼球が動く。そして。
「……兄さん、何を見たの」
 わかっているのだろうに、大和は敢えて、そう言った。飛鳥は小さく首を振る。
「何も見てないよ」
 つまりは。
「何も見えなかった」
 見えないだけじゃない。聞こえない。感じない。そしてそれがないことすら、感じない。思考さえも消えうせて、ただそこにはなにもなかった。恐怖さえない。それらが襲ってくるのは、戻ってきてからだ。
 この感覚を、伝えられるだろうか。
(伝わるわけ、ないよな。大和は、俺じゃないんだから)
 あの虚無を。戻ってきて、それを知ったときの恐怖を。この絶望を。
 大和は愕然と、顔を強張らせて飛鳥を見詰めた。どうやら、自分で口にするしかなさそうで、小さくため息をつく。表情を取り繕うのも、やめた。どうせ、この弟に嘘は通用しないのだ。
「近々、俺、死ぬみたいだ」
 午前5時の冷えた部屋に、ただ、静寂が満ちた。
 
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい