Another Tommorow
元々ここは登山道ではない。林業に携わる人々が山へ入るときの道だ。途中までは軽トラックぐらいなら入れるぐらいに広い道が続くが、しかし舗装されてはおらず、ただ、通り道に木がないというだけだ。
あの遭難騒ぎの時は夏で、足元には草が生い茂っていた。今は歩くとかさかさと枯れ草の音ばかりが耳に付く。元は整然と計画的に植えられたのであろうことが見て取れる木々は杉の木なのでそれほど夏と見た目が違うようには思えないけれど、それでも、どこか寒々しさが感じられるのは、横枝が無秩序に伸び放題になっていたり、倒木がただ転がっているせいだろうか。子供の頃は気づかなかったけれど、昨日見た杉宮の産業史についての資料にあった30年ほど前の写真とは全然様相が異なっている。その写真では下草も綺麗に刈り取られ、枝打ちをきちんとなされた杉の木は真っ直ぐに天へとその背を伸ばしていた。
たった30年。木の寿命よりもずっと短い年月。その間に、この町は変わってしまったのだろう。
雨に追われるように飛び込んだ時は、メインの道から結構離れているような気がしていたのだけれど、晴れた空の下真っ直ぐに向かった件の洞窟は思ったよりもずっと近くて、少し拍子抜けした。けれど、近いだけに。
(うっかり爆発したらうちのあたりまで被害出そうだな)
同時にそう考え、深く息をひとつ吸う。
「よし」
自然にそんな声が出て、足を一歩踏み入れた。
結果から言えば、あの時入った洞窟は空振りだった。
けれど、明るいところで落ち着いて見ると、その付近にいくつも似たような洞穴があるのに気が付いた。それを、手前から当たっていく。
外気がすっかり冷え切っていたせいか、洞窟に入っても寒さはあまり感じず、むしろ外よりも温かいくらいだった。よく真夏のテレビなどで、洞窟の中などで涼んでいる映像を見るけれど、冬でもそれほど気温が変わらないのだろうか。理科が得意な大和ならわかるのだろうけれど、生物以外の理科をすべて投げてしまった飛鳥にはいまいちピンとこない。
懐中電灯の灯りに照らし出された壁面は、この洞窟が人工物であることをはっきり示していた。岩盤を手や道具で削った跡がはっきりと残っている。いつ頃掘られたものなのだろうか。噂通り、戦時中のものなのかもしれない。
前に来た時は、入って5メートルほどのところで、みんなで寄り添い合っていた。外の物音が聞こえないと困るし、子どもたちから目を離すわけには行かないので、それ以上奥には潜らなかった。それよりも深く、少しずつ低く狭くなる空間を足元と頭上に気をつけながら一歩一歩進む。取り立てて長身でもないが、決して小柄ではない飛鳥と大和は、少なくとも戦前期の一般的な男性よりは大きい。先を進む飛鳥が時々頭をぶつけて「うわっ」だの「痛っ」だの声をあげると、それを聞いて注意しているのか、それとも元々注意深いのか、大和が頭を打ったような様子はない。
外からの灯りが届かなくなっていく。午前中であることを忘れそうなほどにここは暗かった。ただ、快晴だったはずの空は、少しずつ、雲が近づいて陽の光それ自体も弱まっては来ている。今やそれぞれが手に持つ懐中電灯以外に光源はない。そしてもう少し進むと、行き止まりに突き当たって引き返す。
それを何度か繰り返す。どれもこれも似たような洞窟で、広さや高さ、深さは違うけれど、すべて同じようにして掘られていた。同じ集団が、同じ目的をで掘ったのだろう。
「うーん、なんか軍事関係だっていうの、意外と信憑性ありそうだなぁ」
3つ目の洞窟から出たところで、飛鳥はぽつりと呟いた。他にこんな洞窟の使い道は、野菜の貯蔵と酒の熟成ぐらいしか思いつかない。
「それらしいものはなにもないけど」
「戦争終わったときにだいたい撤去したのかな」
残っているのは、掘ったあとと噂だけ。
「それなら、いいんだよ。別に探検に来たわけじゃなし、なんでもないならそれが一番なんだからさ」
今更子どもみたいに非日常のものを望みはしない。
普通に明日が来て、そのまた明日も来て。何事もなくまた次の日を迎えられれば、それが一番いい。ここに来たのは、それを妨げる原因があるなら排除しよう、それがなくともその妨げるものが何なのかを確かめる手がかりがあればと思ってのこと。なにもないのであれば、それはそれで構わない。
天気予報は晴れだったはずだ。しかし、速い風に運ばれて、遠くから黒い雲が漂ってきているのが目に入った。確か予報では、県西のほうは雷雨となっていた。であれば、雷雲がそのまま運ばれているかもしれない。早く家に帰ったほうが良さそうだ。
しかし、五つ目の洞窟に入るなり、自分の勘がどうやら正しかったらしいことを、飛鳥は知った。
「なんだこれ」
大和が呟く。それはあまりにも異様だった。もしこれが町中の誰かの家の中とかで見た光景ならばここまで驚かなかったかもしれないが。
「えーっと……マニアさんのコレクション?」
目に映った光景は、そうとしか表現のしようがないものだ。
五つ目の洞窟は、かなり分け入った物陰にあり、しかも出入り口のところは倒木と長く伸びた山葡萄の蔓で覆い隠されていた。一見して洞窟があるとはわからないけれど、太く、堅くなった蔓の壁に、一箇所、成人男性がひとり通れるような形に歪められた部分があった。それがふと目に留まって、そこを更に覆うように伸びた蔓を押しのけて入り込んでみたのだ。
中は、それまでに入り込んだ4つの洞窟と基本的に同じような構造で、壁面も同様に手や道具を用いて掘られた跡がそのまま残っている。作られた目的も、作った人も、きっと同じだ。けれど、一番最近にここを使っていたのは違う人物なのだろう。すべて空っぽであった他の洞窟とは違い、その中にはいかにも手作りのショーケースのような棚が作りつけられ、びっしりと、見るからに危険そうな爆弾や兵器の類が陳列してあった。ひとつひとつは綺麗に汚れを払われているが、かなり古ぼけたものもあるし、傷が残るものも少なくない。旧陸軍のものから、一体どこで手に入れたものかハングルが刻まれたもの。手榴弾から魚雷と思われるものまでその種類も年代も国も様々だが、一応年代に沿って並べられているようではあった。手前のものほど新しいように見える。棚は数メートル奥まで続き、懐中電灯の明かりが届かない先まで。棚を形作る板は、杉宮の人々には馴染み深いこの町の杉材だ。しかしその棚も一部が壊れ、暫く手入れされていない様子が伺えた。壁に括りつけられた電池式のランプも、ちょっといじってはみたが点く気配はなかった。蔓が這っているのは入り口ばかりでなく、そこから延びて洞窟の中にも伝い、そして枯れている。虫の死骸もそこかしこに転がっていた。
「元々は弾薬庫って噂を聞いて、まだ残ってないか探しに来て見つけた場所だったのかもな。怖くなったか、飽きたか、それとも持ち主が死んじゃったか」
いずれにしろ、こんなところにある子どもの秘密基地のような、きっと持ち主にとっての宝箱は、家族も友達も知らないのだろう。だからこそ何年も、ほったらかしで。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい