Another Tommorow
こんな真冬のこんな時間帯に、縁側に腰掛けて無言で空を眺める男二人。それも服装は完全防寒でもこもこだ。一体客観的にはどんな絵面になっていることだろうと思うと気温のせいだけでなくやや寒々しい心地が一瞬したが、幸いこんなところを通りかかる人はまずいない。
「流れたら、何を願う?」
大和が聞いた。飛鳥は迷わず即答する。
「世界人類が平和でありますように」
「え?」
大和が、少し間の抜けた顔でこちらを見た。「予知を変えられますように、とかじゃないのか?」
飛鳥は首を小さく振った。
「世界人類には、俺も入るんだよ。予知が変わって長生きしたいとも思うし、俺の周りに人がみんな幸せでありますようにとも思うし、さっさと一人前の看護師になって患者さん助けたいと思うし、戦争もなくなればいいと思う。でもそんなの、全部言えないじゃんか」
星が流れるのは僅かに一瞬、その中で口にできることなどたかが知れている。「だから、纏めた」
それを聞くと、大和が何故か少し嬉しそうに、小さく笑った。
「じゃあ、俺もそれで」
それから暫く黙って空を見上げたけれど、一向に星は流れない。温かいはちみつレモンでも作ろうか、と言ったけれど、その間に見逃しそうだからと断られた。時間が静かに流れていく。
「そういえばさ、前テレビで何度も何度も隕石の直撃喰らった人ってやってたな」
星を見ているうちに、なぜかそんなことを思い出して、飛鳥は笑った。
「隕石の直撃を喰らう確率って、一億人に一人なんだってさ。だけどそのおっさんは、もう六回も隕石を喰らってるんだよ」
「……一億の六乗分の一の確率か」
大和が心底驚いた声で言った。
「凄いだろ。なんかもうそこまで行くと誰なのかあんまり考えたくない類の何者かの意図とか感じちゃうよな」
それが文字通りの天文学的な確率であることぐらい、数学音痴の飛鳥でもわかる。
「もしさ、あの予知の原因、隕石が脳天に直撃とかだったら、俺全国テレビに取り上げられるよな。交通事故よりずっとレアだもん」
そう言って笑うと、大和が少し考えて、小さく言った。
「巨大隕石が地球に直撃して人類滅亡、とかだったらテレビには出られないな」
その大真面目な表情が面白くて、飛鳥は笑った。
「テレビ自体がなくなるからなぁ」
しかし笑いながら、飛鳥の頭にはふっと、ある考えが浮かび上がってきた。
「なー、大和。もし、例えば一ヵ月後とかに巨大隕石が直撃して人類が滅びることがわかったとして、お前はそれを知りたいと思うか? わかってても、絶対逃げられない場合で。ま、病気でもいいんだけどさ。それまでまったく体調に変化なしで、唐突に心臓が止まって死ぬって状況でもいい。ま、それよりは隕石のほうが本当に先にわかりようがあるし、実際死ぬまで変化ない分リアリティあるか」
大和がぽかんとした顔で飛鳥を見詰めた。飛鳥は要点だけをまとめて、もう一度大和に尋ねた。
「お前は、自分が近々突然死ぬとして、それを知りたいか?」
じわじわと奪われていく母の死のような形でなく、もっと唐突に自分が終わるとして。
隣に座る弟の顔をじっと見詰めた。端正で硬質な顔に困惑が滲んでいる。だけど、眼球が右へ左へと動いている様子を見ると、真面目にこのことについて考えてくれているのだろう。暫く黙り込んで、一分ほどもそうしていただろうか。やがて「わからない」と、答えた。
「死ぬのがわかってたら、後悔しないようにやっておきたいこと全部やれる。だけど、死ぬのが怖くて折角の残り時間を楽しめない気もする」
そう言って、大和はまた頭を抱えて考え込んだ。その様子に、飛鳥はふっと思いついたことを口にした。
「でもだったらさ、どうせいつかは死ぬんだし、その時後悔しないようにいつもやりたいこと全部やっとく、ってのはどうだろ?」
飛鳥が言うと、大和は少し考え込んで、答えた。
「それができれば理想。だけど実際、やりたいことよりやらなきゃいけないことのほうが多くてできない。どうせもうすぐ死ぬならどうなってもいい、って思えないと難しいよ」
「長い歴史の中で見れば、人間なんて生まれたときにはどうせもうすぐ死ぬようなもんなのかもしれないけどねぇ」
「……兄さんと俺は時間感覚が大分違うな」
「そりゃ、そんなの相対的だもんよ。長いか短いかなんて、絶対の基準はないし。とはいえ、俺だってやりたいことよりやらなきゃいけないこと優先しなきゃいけないことはあるよ。物凄いつまらないけど卒業するのに取らなきゃいけない講義とかさ。絶対時間の無駄だと思うけど、卒業しないと看護師なれないし」
ため息をつきつつ、飛鳥は言った。
「でも俺の場合今死んだら、看護師になれないで終わるわけでさ。やっておきたいことって言われても特に思いつかないし。それに、最期にやっておきたいことってなったら、絶対あー、これで最期なんだなぁ、とか思ってやることになるじゃん。それもちょっと心から楽しめなさそうで嫌だな。やっぱりなんでも、『またね』で終わりたい気がするし。うーん、どうしよう」
少し考えて、それでも答えは大和と同じだった。
「俺もわかんない」
答えて笑うと、大和も釣られたのか同じような顔で笑った。
「でも、もしほんのちょっとでも回避できる可能性があるなら、99%ダメだとしても、知りたい。……てか、今その状況だしな」
「……ああ」
大和は短く答えて、飛鳥へと向き直った。
「まだ生きてて欲しい。兄さんがいなくなるなんて、考えたくもない」
「ありがと」
弟の言葉に、飛鳥は頬を緩めた。子供の頃ほどはっきりと懐いてきてはくれないし、馬鹿なことを仕出かしたら冷たい目で見てくるようにはなったけれど、それでもやっぱり、仲は良いほうだと、思う。
「そういえばさ、死んだら知覚も認識もなくなるんだから、死んだ人間にとっては、自分ひとりが交通事故で死んでも、巨大隕石で人類が滅亡しても同じことなんだよな。そりゃ、心残りとかそういうのは違っても」
飛鳥は呟いた。どんな死に方をしようと、見える予知は変わらない。だからこそ、対策を立てあぐねているのだけれど。
「つまり俺の予知は、たとえ地球が唐突に滅亡したんでも、俺が喉に餅詰まらせて死んだんでも、どのみち同じようになにも見えない」
「……まさか兄さん」
「いや、それは流石にないとは思う。いくらなんでもそんな人類終了のお知らせクラスの隕石が近づいているとか言ったら、NASAが発表しそうなもんだし、仮にNASAが隠蔽してたとしても、どっかの天文好きとか学者が騒ぎ出すだろ」
大和が疑問をぶつける前に、飛鳥は首を振った。今のは、極端な話ではある。
「だけどそんな人類滅亡、とまでは行かなくても、もしかしたら俺ひとりだけに降りかかってるような話じゃないのかもしれないな、とは思ったんだ」
「っていうと」
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい