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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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「心配になったんだよ。清海みたいにじわじわ弱っていくなら、話さなきゃいけないことのタイミングもつかめる。実際、あの頃のこともちゃんと謝れたし、清海に言わなきゃいけないこととか話したいことで、間に合わなかったことはなにもなかったよ。お前のおかげで最期にも会えたし、後悔はなにもない。そりゃもっと長く一緒にいたかったとは思うけどな。だけど、人間誰しもあんな風に死んでくわけじゃない。看護なんかやってるお前はとっくに知ってたかもわからんけど、俺の周りで、事故とか事件とかで死んだ奴、今までひとりもいなかったんだ。だけど、本当は人間、一寸先は闇なんだよな。……だから、後悔しないように、言っておきたいことは全部言っとこうと思ったんだよ。そしたらちょうど、じいちゃんの家のこともあったし、いい機会だと思ってな」
 そこまで言うと、父はもう一度急須から茶を湯飲みに注ぎ、今度はゆっくりと、味わうようにそれを飲み干した。
「お前が変な気を使ってるんじゃないなら、それでいいんだ。お前が我儘だろうとなんだろうと、お前は俺の子どもだ。だからお前は好きなようにしろ。それだけわかってれば、それでいい」
 そこまで一気に言い切ると、父はもう話すことは全部話したとばかりに黙ってしまった。自分の分の湯飲みにも茶を注ぎ、飛鳥はそれを一口飲んだ。お湯を入れてから時間が経ちすぎたせいか、いつもよりも渋味があって、苦かった。
「お父さん」
「なんだ」
 飛鳥は、笑った。いつものような、患者さんや子どもたちに向けるような、相手を安心させる笑顔ではない。
 自分が安心したから笑う。ふわりと自然と涌いてくるような笑い方だった。
「お父さんが俺のお父さんで、良かったよ」
 そう言うと、父は少し照れくさそうに目を伏せた。
「……そういうことは、今生の別れのときに言うもんだ」
「一寸先は闇だって言ったのはお父さんじゃん」
 飛鳥はそう言ってもう一度笑って、立ち上がった。先ほどの茶よりも更に渋い顔になった父に、もう一度お茶を淹れなおすために。
(大丈夫。俺はひとりじゃない)
 一寸先が闇であったとしても、その闇から逃れるためにもがく手を、引いてくれる人はたくさんいる。
 あの予知を、自分のものである死を、完全に分かち合うことなんてできない。そもそも自分の認識から逃れられない以上、自分以外の誰かとすべてをわかりあうことなんて出来ない。けれど、支えようとすることはできる。共にいることはできる。それだけで十分なのだと、飛鳥は21年生きてきてやっとわかった気がした。
 
 
 
 鍵の回る音がして、飛鳥は浅い眠りから引き上げられた。
 片付けを済ませて、テレビを見ているうちに眠ってしまったらしい。年末のわりと馬鹿馬鹿しい特番を見ていたような気がするのだがはっきりとは思い出せない。今日は食事時以外はずっと寝ていたような気がした。
「おかえりー」
 ドアが開き、玄関から足音が聞こえた。それに呼びかける声には、まだ眠気が混じっている。
 足音のテンポがいつもより早いな、と思ったときには、上から大和が覗き込んでいた。顔を真っ赤に上気させ、目をキラキラ輝かせている。思わず、僅かに後ろにずり下がった。
「……そんなに楽しかったのか?」
 声がちょっと引いていたことに、大和は気づいただろうか。機嫌が良すぎて、正直少し気持ち悪い。可愛い後輩女子かなんかに告白でもされたかと思ったが、大和の好みは年上だったはずだ。
「綺麗な先輩に告白でもされたのか?」
 生徒会主催のクリスマスパーティは、毎年それなりにカップルが成立する。一応クリスマスイブと、それからカウントダウン初詣に間に合うように相手を見つけるラストチャンスだ。ちなみにこのイベントで付き合い始めたカップルの4割ぐらいは年明けに別れるのだが、まあそれはどうでもいい。高校一年の飛鳥はこの4割に間抜けにも入ってしまった。初詣の時に気合の入った弁当を作っていったことが、彼女の不興を買ったらしい。実に二週間弱の付き合いだった。
「後輩からは告られたけど断った。そんなことより、兄さん、今具合大丈夫? 外、出れるか?」
「……ああ、うん。なんで?」
 そんなこと扱いされた後輩の女の子が割と不憫だと思いつつ、飛鳥は頷いた。大和は年上好みなのに、大変残念なことに年下にもてる。需要と供給の不一致のためか、大和に彼女が出来たことは、飛鳥の知る限り今のところまだない。
「帰り道で流れ星を見たんだ」
 大和はまだ声に興奮を滲ませて言った。「願い事は間に合わなかったけど」
「流れ星?」
 目を輝かせる大和の言葉に、見舞いに来てくれた植村の言葉が過った。流星群が見れたのだったっけ。確か昨日一昨日がピークだったなと思い返し、ピークの夜を二晩連続熟睡してしまったことに気が付いた。
「二つ見れたんだ。もう少し観察してたら、まだ見れるかもしれない」
「大和、星とか好きだっけ?」
「普通。でも流れ星って初めて見たから、なんか嬉しくなった」
 大和はそう言って、普段表情の読み取り難い顔に、大和なりの満面の笑顔を浮かべた。そんな弟の様子がなんとなく嬉しくて、飛鳥は胸部に負担がかからないように気をつけながら、上体をゆっくりと起こした。
「じゃあ俺も行くわ。ちょっと待ってな」
 いくらなんでもトレーナー一枚で外に出るのは完全に自殺行為だ。インフルエンザや肺炎という形であの予知を実現させたくはないので、その上にジャージを被って、ズボンも外出用のものに履き替えた。その上に一番温かいダウンを着て、マフラーと手袋も着用する。長時間になるかもしれないので、学校から制服にマフラーと手袋という寒々しい格好で帰宅した大和にもコートをかぶせかけてやった。その上でもこもこのブーツを履いて、飛鳥は外に出た。
 途端、口から零れる息が真っ白に凍りつき、皮膚がちりちりと痛んだ。天気が良い分夜間の冷え込みは厳しい。冷気が唯一肌を露出した顔に突き刺さるようだった。
「寒っ」
 思わず口から小さな声が漏れた。今年は天気が良く雪はないものの、気温自体は例年と同じか、それ以上に低い。乾いた冬の冷たい空気は、不純物がすべて凍りついて消えてしまったかのように透明だ。
 縁側に腰を下ろし、空を見上げた。どこまでも澄んだ、静謐な空気だった。このあたりは街灯もほとんどなくて、無用心ではあるし変質者どころかもっと恐ろしげなあれこれの噂は絶えないけれど、その分、降るような星空が何にも邪魔されることなく輝いている。
 遠くで車の走る音がかすかに聞こえる。山のほうからは時折狐の鳴く、子どもの悲鳴にも似た甲高い声がが響き渡った。
「……流れないなぁ」
 飛鳥はぽつりと呟く。もう十五分ぐらいは空を見上げているのだが、満天の星空は降りはすれども流れはしない。少し首が痛くなって、肩を小さく回した。
 やはりピークを過ぎているのだから、そう簡単に見られるものではないのだろう。特に天文に関心のない大和が二つも流れていることに気づいたこと自体が、奇跡だったのかもしれない。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい