小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Another Tommorow

INDEX|30ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

 じいちゃんには俺が電話しておくから、と父は言って、父は小さく笑った。父と祖父は仲が良い。親子、というよりかはどちらかというと職場の先輩と後輩とか先生と生徒、みたいな雰囲気がある。祖父は多分、娘婿としてというよりも、ひとりの年少の人間として、父のことをとても気に入っているのだ。母が生きていた頃もしばしばふたりだけで飲みに行ったりしていたらしく、「息子が欲しかったなんて話、一回も聞いたことないんだけどなぁ」と母が呟いていたのを聞いたことがある。
「清海の荷物はウチに置くからいいとして、やっぱりばあちゃんの荷物片付けてたら、寂しいんだと」
「……そっか。おばあちゃんも凄い物持ちだったし、全部は持っていけないよね」
「飛鳥はばあちゃんっ子だったもんな」
 そのことについて口にする時、いつも父は他では見せない表情をすることに、飛鳥が気づいたのは何年前だっただろう。その意味は今もわからない。ただ、「おとうさんが『りこん』しちゃった」と祖父母に泣きついた幼かった日のことが理由にあるのではないかと、うっすら予想しているだけだ。
 あの時はそれが未来のことであることも、離婚とはなんなのかすら知らず、それでも父が家を出て二度と帰ってこないという事実だけは理解していた。それが、自分のせいであることも。両親が、自分の名前を出して喧嘩しているのを、何度か見たことがあった。父方の親戚たちの嘲るような視線も、なんとなくは感じていた。自分がいるせいで、両親が喧嘩する。母が悲しい顔をする。父が怒る。なんとかしたくて、でもどうしていいかわからなくて、それでどんなときでも優しくしてくれた祖父母の家に、生まれて初めてたったひとりで電車とバスを乗り継いで駆け込んだ。
 その時、祖父母と両親の間でどんなやり取りがなされたのかは知らない。けれど、まだ誰にも話していなかった離婚の考えについて父が何かを言われたのは間違いないはずだ。予知だなんてことを知らなかった飛鳥は、父が離婚をしたと、祖父母に話したのだから。血相を変えて飛鳥を連れ、慌てて杉宮の娘夫婦の家に祖父母が向かう姿は、ぼんやりと記憶に残っている。
 父は基本的には優しいし、裏表がなく敵を作らないタイプだけれど、思いつくまま行動してしまったり、一度スイッチが入ってしまうと感情を抑えられないところがある。あの時点で或いは離婚届を用意するどころか、別れようという決心さえついていなかったのかもしれない。それでも、心のどこかにあったとしてもおかしくない、誰にも言ってなかったはずのそれを突きつけられた父は、何を思ったのだろうか。
 その後、飛鳥は祖母によって予知のことがわかったおかげで言動を制御できるようになり、周囲への適応が格段に良くなった。父と母の関係は元通り良くなった。その後はずっと仲が良く、あの頃のことは悪い夢だったようにすら思える。当時まだ小さかった大和に、あの頃のことを話したことはない。想像すらしていないだろう。
 だけど、飛鳥は覚えている。そして、父も忘れてはいないはずだ。
 飛鳥が誰よりも祖母に懐いていたという、傍から見れば別になんでもないようなことが、15年前に家族に起きた出来事の結果だということを知っているのは、今となっては飛鳥と父と祖父だけだ。
「飛鳥」
「何」
 話がそれなりに長くなりそうな気がして、飛鳥は片付けを中断して食卓へと戻った。ついでに急須に茶葉とお湯を入れて湯飲みも二つ持っていく。
「覚えているか、お前小さい時ちょっとだけじいちゃんばあちゃんとこで暮らしてたの」
「うん」
 忘れるわけがない。その理由も。
 その家は、春から貸し出す方向で話が進んでいる。ほとんど本決まりに近いし、決定していたものだと飛鳥は思っていた。けれど、ここに来て迷う祖父の気持ちはわかる。あの家には、祖母と母の気配が、今でもはっきりと残っているから。
「お前は……どうしたい」
「どうって」
「あの家借家にしちまうの。反対か、賛成か」
 そう言う父の目は真剣だった。飛鳥は少し言葉を選びながら、無難な回答を構成する。
「……おじいちゃん次第かな。あの家はおじいちゃんのもんなんだし」
「お前の意見は」
「だから」
「飛鳥」
 父の声に、飛鳥の言葉が止まった。
「お前さ、もうちょっと好き勝手にやってもいいし、我儘言ってもいいんだぞ」
「は」
「いい子過ぎて心配になるんだよ。家事も嫌な顔ひとつしないで全部やってくれるし、反抗期もなかったし、仕事だって看護師なんて、人のために働くようなやつ選んでさ」
「……料理も看護も、好きでやってんだよ」
 声が掠れた。その言葉に嘘はない。料理はほとんど趣味の域に達しているし、看護師だって、この力を生かしたいと自分が望んで目指した職業だ。確かに表立って反抗した覚えこそないけれど、いつもいつも従順であったわけでもなく、それなりに怒られるようなこともやらかしてきている。反抗というよりも、子どもを連れて山で遭難した件のように不注意や迂闊さの結果として怒られることのほうが多かったが。
 けれど、わざわざそんなことを父が言い出す理由がわからなくて、それが飛鳥をどことなく不安にさせた。
「それなら、いいんだけどな」
 父はふうと息を吐いた。けれど、まだ飛鳥の中の不安は止まなかった。
「あんまりいい子過ぎるから、お前はちゃんと自分のやりたいようにやってるのか、心配になったんだ。……お前が多少好き勝手やったって、お前のことを嫌いになる奴なんかいないよ」
「え」
 飛鳥は父の顔を凝視した。どうしてわざわざそんなことを言うのか。
 過ったのは、15年前のことだ。離婚寸前まで追い込まれた両親の姿。
「……お父さん? なんでそんなこと言うんだよ?」
「別に、なんでもない。ただ、言っておこうと思っただけだ」
 ふいと父が目を逸らす。いかにも、何かを隠そうとしているかのような様子だけれど、隠されるようなことなどない、はずだ。
 父は暫く半分口を開きかけてはまた閉じてというようなことを繰り返していた。何かを言おうとして、躊躇っているのだろうということぐらいは容易にわかる。慣れていないとだいたいの表情が仏頂面に見える次男坊と違い、父は感情が表に出やすいタイプだ。どちらかというと愛想のない、どことなく硬質さのある整った面構えは、よく似ていると思うのだけれど。
「……お前、じいちゃんばあちゃんちに住んでたときのこと、覚えてるんだよな」
「うん」
 先ほど答えたことを確認されて、飛鳥は頷いた。父は暫く逡巡したような様子を見せ、それから、少し小声で言った。
「お前は、周りの子よりちょっと、育つのが遅くて」
 父がぽつりと言う。多分それは、予知が予知であることを理解できずに、周りの状況と違うことを喋っていたあの頃のことを指すのだろう。飛鳥は黙って、父の言葉の続きを待った。
「大和はまだ生まれたばっかで、あんまり清海の具合も良くなかった。そうしてたら、俺の実家の親戚連中がお前の育ちが遅いのの原因を調べろとか言い出して、しょうがなく病院に連れてったりしたんだけど、全然わからなくて」
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい