Another Tommorow
なにか起こるとしたら、また別口なのだ。抵抗することを諦めはしないけれど、実際あの未来に至る条件が見えていない以上、はっきりとできることはまだない。常にどうすればいいかは考えるし、やれることがあればやれるだけやる。だけどそうでないときは、できるだけいつも通りに過ごしていたかった。そのほうが落ち着いて考えられそうな気がした。
だから今日いつもと違ったのは、例の寄せ鍋お取り寄せの件ぐらいだ。疲れてるだろうし梅山駅で待ち合わせて何か食べようかと父も言ってくれたけれど、断って普通に食材を買って帰宅した。手の込んだものをつくる体力はなかったので、今日の夕飯は大きめに切った野菜のごろごろ入ったチキンカレーだったけれど、家族には好評だった。普段なら半熟卵をトッピングにするところなのだが、パソコンの前で逡巡している間に鍋を火に掛けていることを忘れてしまい、気づいたときにはゆで卵になっていた。それはそれで美味しかった。洗い物だけは、手に残った深めの傷から洗剤が沁みそうだったので、父と弟にやってもらった。撥ねられたときの怪我はほとんどが打撲だったが、最後にボンネットから地面に落ちた時に手と顔を擦りむいていた。
あまり身体に負担をかけないようにシャワーを浴びて部屋に戻ると、唐突に強烈な睡魔が襲い掛かってきた。考えたいことがいっぱいあった。まだ明日の大和の弁当も作っていない。朝ご飯はカレーの残りでどうとでもなるとして、カレーを弁当にするわけにもな、とは思ったのだが。
(いいか、オムレツで包んだらそれなりに格好つくか……)
夜、朝、昼と三食カレーになるのはかわいそうだったが、おかずを作る余力もない。カレーをお弁当に仕立て上げる時間を計算して目覚ましをセットし、飛鳥は泥のような眠りに落ちた。
この目覚ましをセットするのは、何日ぶりだろう。そんな思考が一瞬頭をかすめ、すぐに飲み込まれていった。
目覚ましを止めようと腕を伸ばすと、折れた肋骨がずきりと痛んだ。布団の隙間から冷気と朝の光が差し込んでくる。今日も快晴だ。
自分の身支度がいらないから、いつもより少し遅めの6時15分。顔だけ洗って寝巻き代わりのトレーナーの上にエプロンを被った。昨日のカレーを温め、これだけというのも味気ないので冷凍庫から以前作り置きしておいた鶏の唐揚げを取り出した。冷蔵庫の中の野菜は少ししなびている。自分が入院している間、家族がまともな料理をしていなかったことが見て取れた。ミニトマトは少し柔らかくなっていて今日が限界だろう。葉ものの野菜を水に浸し、少し水気を戻す。それを見ているうちにふえるわかめが残っていたことを思い出して、それも水で戻した。
簡単に作ったサラダと温めなおしたカレー、それに鳥の唐揚げをとりあえず一人分用意し、後は朝食を食べて歯を磨けば出かけられる状態の大和に出した。大和が食べている間に厚めに焼いたオムレツの中にカレーを閉じ込め、ご飯の上に載せる。付け合せにミニトマトをいくつかつけて、唐揚げも隙間に詰めた。
「3食カレーで悪いな」
そして弁当箱をバンダナでくるんだところで、カレーがチキンだったことを思い出した。オムレツに包んだチキンカレーに鶏の唐揚げはあまりにもチキンチキンしすぎていないか。バンダナの模様は鳥が意匠化されたものだったけれど、こちらの鳥はどこからどうみても猛禽類で、食べて美味しそうな感じはしなかった。そういえば日本のプロ野球のチーム名には鳥の名前が多いが、どいつもこいつもいまいち食用には向かなさそうなのばかりだな、などとどうでもいい思考が頭を通り抜けていく。
「……クリスマス企画で今日はチキン祭りだ」
三連続カレーに加えてひたすら鶏肉ばかりというのもなんだか微妙な気持ちになってしまい、やや苦し紛れに飛鳥はそう言った。
「そういえば、今日だっけ、クリスマス会」
「ああ。だから夕飯はいらない。ケータリングでカレーとかフライドチキンとか頼んだ」
「……なんかごめん」
見事なまでにもろかぶりだった。
「楽しんでおいで。……あと悪い。帰りに豚肉買って来てくれるか?」
梅山立城の駅前には、学生相手の24時間営業のスーパーがある。ものはやっぱり市場や精肉屋で買ったほうが良いのだけれど、大和たちの学校のクリスマス会が終わる頃には店は閉じているだろうし、自力で遠くまで買い物に行くには身体が痛かった。
「……それがないと、昨日の夕飯から始まって明日の朝飯と弁当の7食連続鶏肉祭りになる」
「まだ痛いんだろ。無理しないで休んでなよ。お弁当のおかずぐらい買ってくるから」
飛鳥は首を振った。
「無理しないから買い物には出ないよ。だけどあんまりだらだらしてると頭のほうも鈍っちゃいそうだからさ。適当に働かせてくれって」
今日は家でゆっくり身体を休めるつもりではあった。予知を変えるためになにかをするのに、それまでに肋骨を治すことはできなくともせめて歩くたびに全身が痛むような状態ではなんとも頼りない。だけど、ずっとひとりでぼんやりしているとまた心の奥底に飲み込まれてしまいそうだ。頭と五感をフルに使い、運動量は少しで済み、努力の結果は美味しいご飯、という料理は、現在の飛鳥にとって最高の気晴らしになる。元々、少々齧っただけの囲碁将棋と医学書漁り以外にあまり趣味らしい趣味を持たない飛鳥が一番こだわっているのが料理かもしれない。料理を飛鳥に教えてくれたのは祖父母で、小学校の高学年に上がる頃には不器用でややがさつな父と体力がない母に代わって台所に立つことも多かった。
大和は頷くと、弁当を持って家を出た。開けたドアから、冷たい朝の乾いた風が吹き抜けた。
朝食を終えて父を見送ると、飛鳥はベッドの上に転がった。怒涛のように過ぎたここ数日のことを、一度整理しておきたかった。例の予知に関係のあることもないことも、もしかしたらないと思っただけで実はかかわりがあったのかもしれないことも、とにかく次から次へといろいろなことが起こり過ぎた。
そもそもの始まりは、およそ一ヶ月前のこと。例の予知を見たことだ。遠い未来ほど不確定要素が大きくなるので細かいところはわからないが、少なくともあの時点で予知した日付が正しければ、飛鳥は遅くとも12月31日の夜には既に死亡していることになる。
日付が定まらないのは、あの予知を見た日を境に、予知の精度が落ちたことが原因だ。予知の内容自体に変化はないが、時間の制御ができなくなった。今はもう狙ったタイミングの予知を見れることはほとんどない。せいぜい5時間以内ぐらいの極めて近い時間のものならばなんとか見れないこともないが、日をまたぐともう駄目だ。おかげで自分で予知を起こしたときでも、周辺の情報に気を配って今自分がいるのはいつ、どこであるのかを確かめなくてはいけない。飛鳥の腕時計がカレンダー付きなのは飛び込みの予知対策であるのだけれど、こんな状況になってしまいその重要性はますますもって増している。大学に入るときに、奮発して結構高めのものを買ってよかったと今更思った。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい