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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 絶対に変えられない、予め定められた運命なんてものがあるとは、飛鳥は思っていない。自分が予め知っているものはある種のシミュレーションの結果のようなものなのではないかと解釈している。現状のありとあらゆる情報を独立変数として放り込んだ結果、算出される従属変数としての未来。そうでなければ、医療ミスや交通事故のような防ぎようのある事態であっても、こんなに簡単に予知を変えることはできないような気がなんとなくするからだ。無論、飛鳥がこの世のすべての情報を知りえるわけもないので、そのシミュレーターそれそのものは、やはり人知の及ばない何かなのだろうけれど。飛鳥が今まで変えられなかった未来は、母のガンのような最早手の施しようがない病気や、説得に失敗した自殺のような、どれだけ早く知りえたところで有効な手段が見つからない事象ばかりだ。自殺については、もし自殺する人間に100%有効な説得方法があるなら話は変わってくるだろうけれど、そんなものがありえない以上、説得、あるいは強制的に保護するなどして無理やり止めるための機会ができるだけに過ぎない。その機会を生かせるかどうかは、相手と自分次第でしかないのだ。
「……兄さん、あのさ」
 少し間を置いてから、大和が飛鳥に呼びかけた。飛鳥は顔を上げる。
 昨日のあの時から、やっと、大和と目が合った。
「なにもできなかったなんてことは、ないだろ」
 大和は、はっきりと飛鳥の目を見て、きっぱりと口にした。
「お母さんは死んだけど、兄さんは、うちの家族を救ったんだ」
 日頃表情の読み取り難い大和の顔が、今ははっきりと読み取れる。そんな大袈裟な、と言いたかったけれど、唇が動いてくれなかった。弟の目が、あまりにも真剣だったから。
 大和は制服のポケットを探り、生徒手帳を取り出した。そのカバーの隙間から、一枚のラミネートされたカードを取り出して、飛鳥の目の前に差し出した。
「覚えてるよな」
 ちらりと視界に捕らえただけでも、それが何かわかる。飛鳥は頷いた。
「これ撮れたの兄さんのおかげじゃん」
 どう返していいものか迷って、飛鳥は黙っていた。大和が見せたのは、母が亡くなる前日、みんなで撮った家族写真だった。祖父母と、父と、飛鳥と大和に囲まれて、母が笑っていた。
 大和がこの写真を大事にしているのは知っていた。飛鳥が大学入学と同時に自分用のノートパソコンを買ったことでほぼ大和専用となった家族共用のパソコンの壁紙は、この写真だ。小さく印刷してラミネートしてまで持ち歩いているとは思わなかったけど。
 この写真が撮れたのは、飛鳥のおかげ。それは確かだ。本来なら多分この時間は、飛鳥と母がふたりだけのはずだった。そしてほどなく容態が悪化し、二度とこんな笑顔は見せてくれなかった。
「……わからないのかな。看護師目指してるくせに」
 それとこれと何の関係があるんだよ。そう言おうとして、思い止まった。そんなことを口にしたらこの弟が本気で怒りそうな予感がしたから。
「あの時お母さんに会えてなかったら、俺達多分今でも後悔し続けてると思う。お母さんだって、最期みんなで賑やかに過ごせて、絶対幸せだったと思う。なにもできなかったなんて言うなよ。俺はあのとき、本当に、本当に、兄さんのおかげで……」
「わ、ちょっ、お前、ああああ、もうなんでだよ!?」
 高校生にもなって、図体だって飛鳥より大きくなってるくせに。もともとの顔立ちのせいか、一緒に歩いていると自分が弟だと思われることすらあるのに。
「泣くな、馬鹿っ」
 泣いている小さい子どもを宥めるのは得意だ、でも。
(高校生を泣き止ませる方法なんか知るか!)
 どうしていいかわからなくて、飛鳥はおろおろと腕を動かした後、結局、小さな子どもと同じようにすることにした。



 一番最近に弟がぼろぼろ涙を零して大泣きしているのを見たのは、母が死んだときだった。3年前の祖母の時は堪えるように唇を引き結んでいて、むしろおばあちゃんっ子だった自分のほうが、顔をびしょびしょにして泣いた。
 あの日、意識がなくなる直前まで、母は嬉しそうに家族と喋っていた。家族が全員病室に揃うことはあまりなかったからだろう、いつも以上にはしゃいでいるように見えた。最後まで、母は笑っていた。父も祖父も嬉しそうだった。
 飛鳥と大和と祖母も、笑っていた。だけど、母が彼女の意識を保てるのが今日までであることも知っていた。だからこそ飛鳥は笑った。母の目に映る最後の自分たちが、笑顔であってほしかったから。そしてこれが最後だなんて、気づいてほしくなかったから。できるなら、あの未来が変わってほしかったから。
 予知した場面は、少しだけ変わった。盛田先生による病状説明の場には、みんながいた。時計の時刻と説明は変わらなかった。すべての説明が終わり、延命治療はしないという家族の方針を確認した後、盛田先生はぽつりと言った。
「清海ちゃん、最期まで楽しそうだったね」
 その言葉をもらったとき、飛鳥は悔しさでいっぱいだった。母の命さえ救えなかったという無力感で、肥大した自意識が粉々に叩き潰されていたところだった。
 だけど、弟にとっては違ったらしい。それを知るまでに、7年以上もかかったけれど。
「お母さん、嬉しそうだった。みんなに囲まれて最後まで笑ってたよ。ガンにならないでもっと元気で長生きしてくれたんならそっちのほうがいい。でも、最期だけなら、お母さんにとってあれより幸せな終わりはなかったって、俺は信じてる」
 弟が、兄を家族を救った存在なのだと思っていたことになんて、気づきもしなかった。
「あの時はそれどころじゃなくて、その後はなんか照れくさくて言えなかったけど、ずっと兄さんに礼を言いたかったんだ。ありがとう、って」
「……やめろよ。そんなこと急に言われたら、なんかお前のほうこそ死んじゃいそうじゃん」
 言ってから、やめておけばよかったと思った。今この場所、この状況で言うにはこの冗談は若干不謹慎かもしれない。けれど、言うほうも照れくさいなら言われたほうは尚更だ。
 自分は、なにもできなかったと思ってたことでそんな風に言われたら。
「人の真面目な感謝を死亡フラグ扱いするなよ、ずっと言いたかったんだ。あの後兄さん暫く落ち込んでたから知らなかっただろうけど、みんな、お母さんは最期にみんなといられて良かったねって言ってたんだよ」
「みんなって」
「先生たちも、お母さんの友達も親戚も、みんな」
「…………」
「本当のところはお母さんしかわからない。でも、少なくとも残された人が、最後にお母さんと一緒に過ごせて良かったと思って、ずっと生きてるんだ。もしあの日お母さんに会いに行かなかったら、行ってあげれば良かったってずっと何年も後悔し続けたと思う。お母さんが死んだってことは変えられなくても、みんながその後どう思って過ごしてきたかを、兄さんは完全に変えて見せたんだ。なにもできなかったなんて言うな」
 目元にだけ先ほどの涙の形跡を残して、いつも通りの硬質な表情で、大和は言った。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい