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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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「安心しろ、修羅場じゃないから」
「そう」
 飛鳥が答えると、すぐにいつも通りの平静な顔となって、女子ふたりとは反対側のベッドサイドに歩み寄ってくる。肩からは鞄をかけ、制服をきちんと着ている姿は、どこからどう見ても真面目極まりない高校生なのだけれど。
「どっちか兄さんの彼女?」
 発言は真面目かどうかよくわからない高校生男子のそれだった。
「よりによってこいつらと付き合うほど俺はマゾじゃないよ」
「看護師さんなのにSなのか?」
「看護師志望なのにドSなんだ」
「…………何の話してんのお前ら」
 村田が呆れたようにつぶやいた、気がしたが、良く見るとその表情は怯えに近かった。件の女子二人の笑顔が、サディスティックを通り越してなにやら禍々しい。
「あー、これうちの弟の大和。今梅高の2年。俺と違って人望も厚くてなんと生徒会の副会長様だ。顔は似てないけど特に深い事情はないよ。俺が母親似で大和は父親似」
 殺気を放つ植村たちの気を逸らす目的もあって、聞かれてないことも適当に喋った。
「どうも」
 大和は小さく会釈した。「兄がいつもお世話になってます」。
 優等生の挨拶だが、基本的に愛想はあまりない。副会長という立場は適任だと、兄ながら思う。先頭に立ってみんなを引っ張っていくのは多少仕事ができなくてもいいからノリの良いお祭り人間か、そうでなければ誰もがついていきたくなるようなカリスマ性を持ったタイプのほうが向いている。大和は、田舎とはいえ一応郡内一の進学校の学年10位以内に常にいるぐらいには勉強も出来るし、生活態度も問題ないし、なにより真面目なしっかり者だけれど、あくまで実務のリーダータイプであって、看板向きではない。長い付き合いだと、感性が独特でなかなか面白い子であることもわかるけれど、ぱっと見の印象はとにかく堅実で地味なのだ。営業職とかもあまり向いていない気がする。ぱっと人と打ち解けたり、咄嗟に笑いを取ったりということがあまり得意ではない。
 ので。
「……あー、そろそろ休憩終わるから俺ら帰るわ」
「あー、うん。見舞いありがとな。大したもてなしもできなくて悪い。調子良かったら明後日位には学校戻るよ」
 大和はなにも言わずに飛鳥の横に立っているし、いつもの仲間グループにイレギュラーが入ると途端に会話がしづらくなる。飛鳥はともかく、残りの3人は大和とは初対面だ。
(いきなりエンジン全開で馬鹿話もしきれないだろうしなぁ)
 これが大和が飛鳥と似たような雰囲気であればまた違ったかもしれないが、どう話題を出していいのかがつかめなかったのかもしれないなと飛鳥は考え、少し申し訳ない顔をしながら、3人を見送った。
 3人が出て行き、ドアが閉まった。足音が遠ざかっていくのを確認して、大和に向き直った。
「話したいことがあるんだろ?」
「なんでわかるの」
「そりゃ、あいつらいるのに何も言わないでじーっとこっち見てんだもん。わかるさ。だいたいもう届け物もないし明日は退院だし、他に用事もないじゃん」
 髪の毛に細い紙テープが一本引っ掛かっているのが見えた。クリスマス会の準備を途中で抜けてきたのだろう。手を伸ばして取ってやるとそれは蛍光灯の光を受けて金色に光った。それを擦りむいた傷の残る指先に絡めると、ほんの少しだけクリスマス気分のお裾分けをもらったような気がした。
「学校だってわざわざ面会時間に間に合うように早抜けしてきたんだろ」
 指を動かすたびに、ひらひらと光が揺らめく。短い入院で見舞いの花もない殺風景な病室の中で、その色が目を引いた。
「……兄さん、やっぱり勘が良いよな」
「これは勘じゃなくて、推測っていうんだと思うよ。状況証拠を並べて繋いだだけだ。で、話はなんだ」
 聞かなくてもある程度は推測がつくけれど、それでも飛鳥は尋ねた。
 大和が一瞬口ごもって、それから、こう訊いてきた。
「あの予知は、この事故のことだったのか?」
 予知は、外れたのかと、助かったのかと。やっぱりな、と思いつつ、小さく息を吐いた。
 目を閉じる。まだ怖くて見ていなかったその時間を思う。いつものように今この時間この場所の自分の感覚から切り離されていく。
 戻ってくると、時計の秒針が60度ほど回っていたところだった。
 呼吸を整えて、小さく、首を振った。なんとなく予想はついていた。それでも、突きつけられると気持ちは果てしない深みに沈んでいきそうになる。
「……これじゃないみたいだ」
 何も見えない。感じない。眠っている時間を予知したときでさえ、うすぼんやりとした感覚はこの身にあるというのに。
「たとえば実は脳の中にわずかな出血があって、それCTでも見落として数日後に死ぬとかいうんじゃなければだけどね。ただ、頭部外傷のプロの見立てでは今のところ異常はみられない」
「どういうことだよ」
「予知が変わってない」
 正直、ショックじゃないといえば嘘になる。だけど、でも。
「……でも、俺はまだ死にたくない」
 車が突っ込んできた瞬間、心の底から感じた。
 まだ死にたくない。生きていたい。あの虚無へ向かうのは、嫌だ。
 気づけば、右手が小さく震えていた。それを左手で押さえつける。
「変えたい。生きていたいんだ。諦めたくない」
「だったら、そうすればいいじゃん」
 どうしてそんな顔をするんだと、苛々したような調子で大和に言われ、飛鳥は大きく息を吐いた。相手は弟だ。今更格好のつけようもなにもない。そもそも最低な姿はもう見せた。情けない姿の上塗りを多少したところで、なにも変わらないだろう。
「怖いんだ。お母さんが死んだときのこと、思い出しちゃって」
「……なんで」
 大和の表情が、初めて小さく動いた。そこに滲むものに、7年前の小さく、今よりはだいぶ表情が豊かだった弟の顔がだぶって見えた。
「お母さんが死んだ日さ、俺、お母さんが昏睡状態になってもう助からないって知ってたじゃん。……知ってたけど、なにもできないで、結局そのまま死んじゃっただろ。ひょっとしてそういうことだったらって思うと、怖いんだよ」
「そういうことって」
「わかってても、変えられないような事態ってこと」
 先に知ることができても、手の届かないものがあると知った。それは運命だとかそんな理由ではなく、もっと単純に解決手段のなさが原因だ。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい